“PARITTA”の研究
大谷大学の人権教育に関する私論

十住毘婆沙論研究序説
非神話化の意想に於ける問題の所在
戯曲「ビルリ王」について
根柢ある道徳に就きて
三国時代喪葬礼俗私考
分別と戯論
ぬけだした かな文字−おくりがな史の一断面
浄土論注法身説の背景
智??の感応論とその思想的背景
元朝治下における漢人一族の歩み−藁城の薫氏の場合
光遠院恵空講師
換喩・キャラクター・日本人
武生先生の思い出
歴史と宗教現象の動態−歴史解釈の方法論的序論
法然の「無量寿経」観
悲歌慷慨
小地域福祉活動発展の条件を考える−守山市社会福祉協議会における地域福祉活動計画の策定を通して−
両部合行略次第
法華経の絵入版経について
親鸞における社会観の構造(上)
倫理の場所
初期宗学界に於ける西方寺空慧の研究
過疎・へき地における生活問題と地域福祉−奈良県川上村での生活実態調査から−
韻鏡管見
大無量寿経における三偈の位置について−選択・回向・成就の意味
元の順帝とその時代
保育者として卒業した人たちの動向と実態−卒業生調査から見える養成教育の課題−
香月院を中心として
スピノザに於ける神の原因性と意志自由の問題-カント及びハルトマンとの連関に於いて
享禄の錯乱について−加賀山内庄を中心として
アメリカにおける現代思想と宗教研究(上)
大岡昇平と太宰治−それぞれの「ハムレット」、それぞれのシェイクスピア−
圓乗院宣明講師の遺風
法律学における自力道と他力道
大淀三千風論
中世末期における熊野那智本願について−青岸渡寺文書を中心に
「起信論」の縁起説
アメリカにおける図書館職員の要件と資格
明末の天台学匠幽渓伝燈の教学
ドイツ通信
香樹院に就いて
源氏物語の物語論について
正倉院の価値
十住毘婆沙論に於ける如来の名義釈
宗教的根本罪障
キルケゴールに於ける“隠れ”の意味するもの
「内在的価値」と倫理−環境倫理の場合
明治初期に於ける大谷派の学事史
摂論宗の日本伝来に就いて 1,2
芭蕉の我意識
「頗」字訓古少考
高歓高澄の奉仏事情と儒教・道教への態度−東魏仏教の一考察
報身観の宗教心理的基礎
西山国師の阿弥陀仏観
「存在と時間」を中心とするハイデッガーの根拠について
親鸞における社会観の構造(下)
報恩称名に就いて
天王の象徴的性格
アメリカにおける現代思想と宗教研究(下)
非僧非俗の義
念珠称呼考
傷寒論とその処方
A CONTROVERSY OVER THE BUDDHA-NATURE IN T'ANG CHINA
阿育王塔の研究
教行信証に於ける教行の関係
リルケにおける死の問題
有分識に就て
プラトン「リュシス」の友愛観
浄土の教え・念仏のこころ
唯識学における否定対象の確認と否定−「レクシェーニンポ」(1・2・2・2)試解
源信僧都の作と伝へられる和讃の真偽
明治初年に於ける東西本願寺の立場と護法のための動き(続)
シェリングに於けるNATUR IN GOTTの概念-自由論に於ける悪の根源の問題
伝記作者としてのサミュエル・ジョンスン
僧肇の浄土観
法宝における涅槃経解釈の特質
保守主義の概念と特質−保守主義の理論的考察に向けて
人間ユリエ・キルピネンと彼の作品
西蔵所伝梵巴「阿含経」の諸典
見聞集並愚禿鈔に就いて
浄土荘厳の意義
カント「判断力」の一考察
宗教の森−東南アジア、スリランカを調査して
フェミニズムへの精神分析的視点-J・ラカンのシニフィアン理論におけるエディプスの意味
唯識二諦説の研究
鎌倉初期のンとム−親鸞聖人の場合を中心に
張商英の護法論とその背景
「法華玄義」における眷属の意味
元曲に見ゆる二郎神と泰山の神に就いて
新出の親鸞聖人真筆の太子奉讃に困みて
天理図書館蔵 宗鑑自筆俳諧連歌抄の構成について
経典延書と語彙
アビダルマ仏教における処・界の建立と八句義
宗教運動の神秘的基礎
大学の町を訪ねて−ドイツ旅行より
エミリ・ブロンテの詩−「嵐ヶ丘」への道
宗教行為と思想表現−ベルクソンの思想におけるキリスト教の問題

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