中世後期の木曽御嶽信仰
修験道と不動明王信仰−越中大岩山日石寺とその周囲−
雲仙岳の歴史と文化
御座にみる木曽御嶽信仰の現在
村上弘子著「高野山信仰の成立と展開」
霊山と大型石塔−とくに雲仙山系に見られる鎌倉後期大型石塔の建塔背景について−
木曽にみる御嶽信仰
近世吉野山檀那場経営の一形態
伊勢御師の為替と仏教寺院との関係−肥前島原半島の場合−
東海における御嶽講と霊神信仰−濃尾平野とその周辺地域の事例を中心に−
中世末の飯縄修験と飯縄権現像
太宰府竃門山考
再生儀礼と布橋大潅頂会−特に布をめぐって
北関東の木曽御嶽講と霊神碑
山岳修験と巨石信仰−特に狗留孫仏を中心に−
木曽御嶽信仰研究の過去・現在・未来
山岳修験研究の在り方−研究と実践のジレンマ−
在俗行者の系譜と里山霊場の存在形態−尾張の御嶽講を例に−
池田正夫「全踏査 日光修験三峰五禅頂の道」
遊行と捨身
方位からみた古代社寺の位置設定について
宇佐周辺の山岳宗教遺跡と古代寺院−大分県宇佐市サヤ遺跡の紹介を通して−
霊神碑は語る−東海地方における霊神碑の現況と霊神信仰−
新出熊野本宮大社文書
御許山の歴史
近現代における修験と御嶽講−北名古屋市域の事例から−
池田正夫「修験道教団成立史 当山派を通して」
肥前山伏の国峰(入峰・回峰)について
畠中家文書
菅原壽清・時枝務・中山郁編「木曽のおんたけさん−その歴史と信仰−」
「北肥戦誌」の山伏考
戸隠・飯縄信仰と善光寺
佐賀県土器山の山頂遺跡
山岳聖域観に基づく自然護持−信州戸隠山の事例−
六郷山寺院と経塚遺構
高埜利彦監修 甲州史料調査会編「富士山御師の歴史的研究」
六郷山と国東の修験
第二十回 日本山岳修験学会宇佐・国東大会参加記
豊島修・木場明志編「寺社造営勧進本願職の研究」
松会に、呪的構造と、傀儡をみる
第二十回 日本山岳修験学会宇佐・国東大会巡見に参加して−御許山雨中巡拝記−
村鎮守香取明神と別当山伏大光院(1・2)
第二十回 日本山岳修験学会宇佐・国東大会を終わって
村山修一先生追悼
私と修験道
修験道の真宗教に対する影響
玉依姫の霊窟−羽黒と宝満と−
古代〜中世の北豊地域における一山林修行路の復元(案)−豊前国仲津郡蔵持山における回峯・峯入路の踏査成果の紹介−
羽黒山の入峰修行と「三関三渡」
山を開くということ−木曽御嶽開山考−
山岳修行者としての西行
鳥海山蕨岡修験にみる明治維新
唯心浄土と春日浄土−真実と方便の形態−
蔵王山の歴史と民俗
那須岳における近代の参詣習俗について
比叡山の山修山学−その原像と展開−
講組織の結束と発展−現代の高尾山講を事例として−
天野社長床衆の存在形態
聖護院門跡入峰の中辺路通行
大峯修験の原像と展開
会津における東照宮信仰と修験
江戸時代の熊野街道・伊勢路と巡礼たち
熊野三山の原像を聖地景観から探る
地域における俗修験の活動-遠江国浅羽三三ヶ村の事例-
近代における大峰の入峰ルート−戦前期の聖護院の入峰を中心に−
天野を中心とした葛城入峰遺跡の検討
熊野那智大社社僧の系譜について-「熊野那智大社文書」などを典拠として-
役小角伝承の展開と院政期の熊野
流刑された高野山行人方僧達の行方と各藩での処遇
戸隠山修験道における「宣澄踊」について
熊野比丘尼の配札
霊山と女性信者−中部地域の御嶽講を事例として−
現代の修験道をめぐる表象の動向−新聞と雑誌を対象に−
地域社会の出羽三山講−千葉県木更津市金田中島の事例から−
木食普寛「武尊山開闢縁記」について
教団儀礼の創出−御嶽信仰系教団における儀礼の機能−
比叡山と日光山の山岳修行−大行満願海を介して−
戸隠信仰の地域的展開
聖地研究の現状と課題
ガルダイメージの成立と変遷−シルクロード諸地域を中心に−
戸隠神楽と太々神楽
横山晴夫編「三峰神社史料集」
重松敏美先生を偲ぶ
戸隠神社太々神楽の音楽の特徴
村山直編「近世高尾山史の研究」
第三十回日本山岳修験学会高野山学術大会参加記
排仏と毀釈
金剛峯寺大門にかかわる浄土信仰
修験道関係文献目録 1997
山岳修験の魅力−第12回戸隠山大会に参加して−
第12回山岳修験学会戸隠山大会を終えて
叡山文庫蔵「飯縄法」
信濃から見た山岳信仰の受容と特徴−古代・中世を中心に−
白山信仰の拠点寺院−越前平泉寺の景観−
中世越前における豊原寺の再考察−一次史料からのアプローチを中心に−
山岳聖域研究から見た河東碧梧桐の大峰登山記
白山美濃馬場の修験遺跡と遺物
石造物資料にみる江戸時代の三禅定(富士山・立山・白山)
愛法神・性愛神と稲荷信仰−特に、女狐と女性・神子を中心にして−
第三十一回日本山岳修験学会 白山学術大会を終えて

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