パスカルのメモリアルについて 1,2,
ビルマ上座部分派の一傾向−フゲットウィン派
プラトンの「パイドン」におけるイデア認識−純粋な魂の生と死
デカルトのアウグスティヌス主義
修験道における正統と異端−大峰山麓の女性行場をめぐって
占領体制下の新宗教弾圧璽宇の場合
憑依宗教論−シャーマニズムから教祖まで
カトリシズムの構造分析-一小村落、トラホムルコについて-
間引きの心意−LIQUID LIFEを手がかりに−
曹洞宗と国家−第一次世界大戦時局説教
ウェストバージニア州におけるスネイク・ハンドリングについて
現代宗教研究のパラダイム−オウム事件の影響をめぐって−
言葉の裂開と共振−J・ベーメの神秘主義的思惟の現場
戦後宗教学の展望
伊藤康善師の行実に関する一考察−「安心調べ」を中心に−
ピコ・デラ・ミランドラにおける魔術と学知
ザラスシュトラの予言者化
竹田聴洲の仏教論
現代ユダヤ思想における宗教と政治の関係−ヴァイレルとラヴィツキーによる「ユダヤ神権政治論争」−
石井研士著「戦後の社会変動と神社神道」
ヤスパースにおける暗号と超越者
道元禅師の利他思想について
小坂国継著「善人がなぜ苦しむのか−倫理と宗教−」
記紀解釈の統合と変容−国学者栗田土満を例として−
紀元一世紀のタンナイームについて
観無量寿経(?苧ヌ耶舍訳)の考察
五島青方教会の御水張
女人禁制
浄土教に於ける啓示の問題
日常生活から「宗教」を発見する
イニシエーションとしての「弁慶」
ラドクリフ・ブラウンのタブー理論
レビ記十六章に現れた贖罪思想
“神による棄却”と“地獄一定”
殉教者石垣永将とその周辺
ヨハネ福音書の研究の方法と翻訳の問題
RUSSELL T.MCCUTCHEON. THE DISCIPLINE OF RELIGION:STRUCTURE,MEANING,RHETORIC
出雲国造の祭事・葬送・禁忌
シェリングの「無」について
「憑依」と「受肉」との解釈上の関連について
出口王仁三郎の言霊論−言霊宇宙論の完成
「純粋理性批判」におけるカントの自由論
ソクラテスの宗教裁判
ライプニッツにおける身体について
如実堂試問 写本
沖縄地方における神人消長の動態
翁童論再考−現代の老人像
地方紙に見る民間巫者
南インドのヴェーダ伝承−フィールド調査報告
アジアの民俗宗教の比較研究
ポーランドにおける聖地巡礼−ヤスナ・グーラとカルバリア・ゼブジドフスカの事例から
ナショナリズムと宗教研究-A.B.シナガの所論をめぐって-
鈴木正三の出家観について
アメリカのカルト問題
ドイツ敬虔主義と宗教的寛容
「宗教学」のなかの民俗・民衆宗教研究
カントにおける恩寵をめぐって
長松日扇の研究−「華洛本門佛立講」開講をめぐって−
ベンガルのラロン・フォキルとイスラーム神秘思想
遺物となりゆく日本仏教−辻善之助における近代国家と僧侶批判−
現代スーフィズムをめぐる諸言説−西欧の期待とそれへの応答−
菅原信海著「日本思想と神仏習合」
道元撰述の清規に関する宗教学的考察
宗教の教育と伝承−ベイトソンのメタローグを手がかりにして−
慶長期芸能・文化の宗教的側面−松永貞徳における歌学伝授の神秘化
古代伽藍造営の基本思想
八木誠一著「宗教とは何か−現代思想から宗教へ−」
儀礼論再考−行為の遡及的再編とその様式−
グローバリゼーションと宗教
宗教教育における道徳と宗教
宗教民族学の学的性質及び領域の反省
八幡大神の優位
D・C・ホルトムに現れたカミの観念
宗教の歴史と出来事
現代沖縄のユタの宗教的知の習得・継承について
現代社会を理解するために−一般教育から大学院までの宗教社会学−
モノにクルフ−能における「執着」の構図−
ORLO STRUNK JR.の宗教の心理学的解釈
仏立講の発生とその展開について
道教と仏教の父母恩重経
玄珠録の思想
宗教社会学における世俗化概念の問題
イエズス会士の見た神道理解−神観念を中心として
古代エジプトのホルス神信仰について
RUSSELL T.MCCUTCHEON. THE DISCIPLINE OF RELIGION:STRUCTURE,MEANING,RHETORIC
智儼の仏身観−二種十仏説成立の経緯
ヤスパースにおける「信仰」と「知識」
宗教研究会と日本宗教学会−機関誌「宗教研究」の四十年
李柏文書
中国のチベット政策とラマ仏教
I.カントにおける形而上学の問題
蛇のアマテラス考
チベットの神々と儀礼
キティオンのゼノンにおけるロゴスと神
ライプニッツの個体論
扶?イについて
黒住教系宗教法人大父母苑の創設者延原大川に就いての一考察
フェミニスト視点のスリランカ上座部仏教
宗教研究と「出会い型調査」
ルーマニア・フォークロアにおける死の形象について

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