梵本「法華経」・「方便品」第64偈について
“PARAMARTHATAS”を巡る議論について
道元禅における山居入叢林の意図
大乗寺蔵・仏生会講式について
吉蔵の索車義について
明治仏教における教導職々員 上下
禅宗寺院と民衆について(2)−年末年始の最乗寺を中心に−
連山交易和尚の研究(1)
道元禅とカント−特に「因果」と「純粋理性批判」−
禅宗寺院の御開帳−大雄山最乗寺の場合−
道元禅師と入浴観と入浴規矩
BHAVIVEKAの声聞解釈
大内青巒居士の年譜について−大内青巒の研究(2)−
「永平広録」における業思想(1)−宝治2年<戊申>3月14日の上堂における
「雪峰広録」と「雪峰紀年録」
洞門抄物における夜参の資料
五院門末寺院所蔵資料に見る総持寺五院輪住制度
無極慧徹と「天童小参録」−雙林寺所蔵「無極大和尚小参下語」翻刻−
大東急文庫蔵「碧岩録古鈔」について
講式の実修と変遷
禅戒鈔の現代的意義
中世後期禅宗相伝書における銭貨−「一文大光銭」を中心に−
日露戦争関連公文書(資料集)−曹洞宗「宗報」における近代戦争−
虎伯大宣『生風集』および「資料一」(鈴鹿龍光寺蔵)の翻刻
宗門葬祭儀礼の一側面−宗門清規・回向の変遷を通して−
慧思の有相行について
SABDA-ALAMKARA IN THE KAVYADARSA OF DANDIN(1:YAMAKA I,4:PRAHERIKA)
現代の宗門における僧侶の再考−出家僧の虚構性と在家僧の可能性−
禅寺の伝説と温泉の文化
曹洞宗における女性(尼僧・「寺庭婦人」)の地位−家父長的家観念・性差別的性別役割観と世襲性の弊害-
宗教教育の基底 1,2,
道元禅師と真浄克文に関する一考察−特に肇論の引用をめぐって−
愛知学院大学図書館所蔵・横関文庫「独庵俗談根源鈔」翻刻
善悪考(その二)−『正法眼蔵』『諸悪莫作』巻の検討
聖徳太子ゆかりの寺々
曹洞宗災害対応マニュアル
所轄庁(都道府県庁)提出書類書式例集
道元禅における修行道の具体的実践方法-只管打坐を南伝止観の伝統を受け継ぐものと解釈しての試論 3-
「さとり」に就いて
基督教信者の観たる仏教
唯仏論 上下
国家之本質
一燈園生活と原始仏教
我国の政治家と宗教(主張及び批判)
仏教者は無能怠惰なりや
江間氏の「身心脱落」を聞きて
道元禅師筆跡の断定
創作者の途
道元禅師と瑩山和尚
阿難に恋する女
仏家の三心
亥歳の物語
唐詩絶句精選に就いて
政治と宗教
十二因縁の現象学的意義(縁起に対する私見)
資本主義労働主義の倫理的批判
哲学概論
仏教より見たる「草枕」の思想 1,2,
新生命
米国宗教界近情概要
素人の仏教観と信仰
発菩提心とは何ぞや
戦闘哀話 田中支隊の全滅
仏教実践道徳
多元的宇宙 1,2,
旧教徒の真理観
宗教教育研究欄
黒髪
聖誕の釈迦牟尼仏
教育と宗教
自覚せよ!自重せよ!
伝統的精神と現代的体験−紫竹林学堂の新設に因みて

信じ得ざる悩み
仏心と人心
教育原理としての禅
大陽投子付法の史的批判
「公案」に対する私見
相互奉仕の原則
迦葉摩騰、竺法蘭に就いて
電話
大宇宙は仏の光明蔵なり
教化と殖産
道元禅師の宗教
変態心理の話
私達の花祭り
嬰児殺し
女人何ぞ成仏の資無からん
誕生復活の意義
次元に関する思惟の遊戯
本領
任那問題の経過を通視して其の亡因を論す
禅学講話
「禅の現代的批判」に就いて
ファシスチ
眼蔵学序説 「正法眼蔵」の体系的研究
近代思潮講話
宝慶記真偽問題 1,2,
無位の真人
大国民主義

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