起請文の性質について
日本書紀における聖徳太子
ペリオ第2657号文書(唐代敦煌差科簿の一部)に関する所見-旧稿総表の補訂をかねて-
海舟日誌について
釈門正統と仏祖統紀
北魏洛陽城門攷
多武峯と実性 -多武峯寺院化の一面
親鸞伝絵の竪幅絵伝
色彩のもつ意義
吐魯番出土の唐代官庁記録文書二種
地方寺院附設の一学寮 -義諦の学寮について
行基の宗教的主体と実践
五輪塔の成立
仏教守護神の表象
吐魯番出土随葬衣物疏の一考察
近世真宗教団の動向 -とくに帰参・改派について
近世末期の神仏関係 -浜田藩における専修念仏の展開をめぐって
蘇我氏における同族関係
南朝仏教の一考察
摂関期の浄土教と横川
桓武朝延暦年間の仏教政策について
小嶋涛山先生伝
中国史料による女国の一考察 -その位置について
推古朝における仏教統制 -僧正僧都制の再検討
初期真宗の連坐像について -滝上寺蔵「八高僧像」を縁として
「親鸞上人大師号停止記」に就いて
遼の?ッ塩法について
北魏洛陽における行像供養
近世企業の発達
永明延寿の教学とその実践
客家と中国の近代
島地黙雷に於ける伝統の継承
胸形氏の伝承の成立と高市皇子 -古代政治史の一断面
クドゥカン・ブキット碑文の研究 -成就行を中心にして
高野版の起源に関する一史料
平安初期の仏教と律令政治の変質 -私寺建立禁止令の評価をめぐって
希臘の「ヘロドトス」と竺法護訳の「生経」
天武朝仏教の一側面 -「諸国毎家作仏舎」詔をめぐって
壬申の乱と国司制の成立
長島城に就いて
古代天命思想の政治思想的胚胎の一端
番船書籍元帳に見える御文庫・学問所御用書について
則天武后における政治の基本姿勢と科挙出身宰相の活躍
唐都長安に於ける仏寺の状況
近世後期の支配イデオロギー -佐藤信淵の場合
法皇の院政に関する批評に就いて
唐代吐魯番の豪族 -とくに阿史那賀魯の反乱以後における旧高昌豪族への処遇を中心として-
江戸時代の裁判に就いて
山口雪渓について
押型文土器文化期における特殊石器の一様相
江戸時代に於ける僧侶の生活
鹿島・香取の神について
清らかな思惟の姿
真宗僧侶寺田福寿と福沢諭吉−「教育勅語説教」の周辺−
中世の社会と文化
紀臣氏の出自と性格 -国内伝承・記載を中心として
親鸞の信仰と実践−特に信仰の構造における実践の位置について−
幕末より明治維新へ
チンギス=カンの墓はどこか?
往生伝年表
近世封建制下における水論の様相-西江州安曇川流域の村落間水論にみる共同体・その規制についての素描-
植民地朝鮮における青年教化の問題
明日の歴史学
南山城蟹満寺にみる古代寺院の歴史的展開 -本尊銅造釈迦如来坐像の来歴を中心として-
南京三会と仏教奉公に就いて
群集墳形成期の地域社会と集団関係 -紀ノ川下流域について
祇園社と綿座について
蒙古逸史考
古代的成人入会と、日本文化に於ける宗教的人間形成
古代の大和国広瀬郡と広瀬神社
真宗教線の地理的考察
武家政治の特質とその歴史的意義
五山僧の学問に就いて
国衙官人郡司制の成立事情
唐大行和上雑考
上代日本における玉と金の尊崇
地蔵信仰に対する一考察
仏説大吉祥陀羅尼経一巻
近世に於ける霊場巡礼に就て
魏志倭人伝難解理由の解明と前漢書の書例との関係
楊業と楊家将をめぐる諸問題
真宗諸派の分裂
五代の枢密使 -その沿革についての新たな考察
日本ユニテリアン協会の試みと挫折−宗教的寛容と雑居性との狭間のなかで−
二十世紀の歴史意識
大谷探検隊員の風格
新出の随葬衣物疏に関する一考察
水谷千秋著「継体天皇と古代の王権」
浜中寛淳君を憶ふ
本願寺触頭制について
光仁朝における百済王氏
国史上に於ける本末思想に就いて
ヨーロッパの膨張と現代世界史の成立-東西交渉史への一試論
北村敬直先生を悼む
明治期における新宗教と新聞報道-阿吽鉢?蜚k教排斥報道を中心として-
商利を追ふヴェニス
円珍の「上智慧輪三蔵書」附訳註
天皇の代替りと真宗 -西本願寺教団の場合
大連図書館「大谷文庫」蔵書について
聖樹について

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