善悪種蒔鏡和讃
かな葎
坐禅和讃
壁訴訟
毒爪牙
福来進女
孝道和讃
兎専使稿
新刊補記
袴谷・松本両氏の仏教理解に対する若干の異義申し立て
〈八種施〉考
『大乗義章』の研究 1−「三蔵義」「十二部経義」註釈研究−
馬祖における「楞伽経」「二入四行論」の依用
坐臥の脱落
日本近代と英語教育
唯識文献における三性と三相について
チャンドラキールティの円成実性解釈に対するツォンカパの見解
「正法眼蔵」はいかに編輯されたか
「発智論」の「仏教」の定義
<凡夫>考
「成唯識論」外教論駁総括箇所の考察
「是什麼」考ノート
禅那院珍海の研究(序説)
道元禅師の輪廻観−種子説の立場より−
道元禅師の因果論−因果歴然と因果超越−
思想論争雑考
「大乗起信論」における「大乗」と「摩訶衍」
TARKAJUALA引用されるCANDRAKIRTIの見解
書評 城福雅伸著「現代語訳・講義 成唯識論 巻第五」
書評 藤原正彦著「国家の品格」
「無明」を転じて「明」となす
『大乗大義章』第一三問答の考察
山口瑞鳳博士のチベット語文語文法三部作
寡婦の両銭物語とP=ケーラス紹介のそれに対するS=ビールの見解
記主良忠上人
欲望の檻−日本近代と私小説的伝統−
教団破壊条項考
『中論』におけるSVABHAVAについて
汝達の『仏祖宗派総図』の構成について−資料編−
インド仏教史の新たな視点−現代仏教学にパラダイムシフトは可能か−
道元禅師の修道論−特に「正法眼蔵随聞記」に見られる学道の用心について−
漢詩から和歌へ 1,
鎌倉期三論宗における「仏性縁起」解釈について
浄影寺慧遠の二諦説
「仏祖宗派総図」の分析 「總編嗣法人数目録」の内容
戦争の時代−日本文化礼讃者の系譜
仏教思想論争考
偽装されたリバイアサン−近代日本の支配的国家イメージについて−
ツォンカパの自相説について 1,
不共無明とは何か
八重葎
貧女の一灯物語−「小善成仏」の背景 2−
「倶舎論」における“SVALAKSANADHARANAD DHARMAH”という句について
TARKAJVALAの二諦説に関する疑問 2
カイネーヤ仙人物語−「一音演説法」の背景−
「大乗起信論同異略集」の著者について
鑑真来日のなぞ
源信思想研究−第1部 「大乗対倶舎抄」の註釈的研究 1−
親鸞を讃仰した超国家主義者たち 1−原理日本社の三井甲之の思想−
ヘーゲル論理学読解入門(中−1)「本質論A」
仏教学における方法論の問題について−<権威主義>と<差別主義>との関連において−
松本史朗博士の批判二篇への返答
道元禅師の時間論研究
龍谷大学と三論教学
「倶舎論」におけるSVABHAVAについて
本覚思想と本迹思想−本覚思想批判に応えて−(公開講演)
『源氏物語』における顔之推作品の利用−『顔氏家訓』と『冤魂志』「王範妾」−
道元禅師の布施観−『正法眼蔵』「四摂法」の布施について−
光宅寺法雲における<二諦>と<因果>について−『法華義記』を中心に−
寝惚之眼覚
SVALAKSANAとSAMANYALAKSANAについて 1,
「成実論」における色藹の定義
瑜伽行派における自性分別と無分別智
梁武帝撰「菩提達摩碑文」の再検討 2
道元禅師の修業観−はるかな仏道という視点−
吉蔵における「四種声聞義」再考
世阿弥の花と禅思想
「正法眼蔵」における「禅苑清規」の引用について−「安居」を中心にして−
吉蔵における浄土観
何燕生著「道元と中国禅思想」
PRAMANA-BHUTAとKUMARA-BHUTAの語義−BHUTAの用法を中心として−
瑜伽行派における所知障解釈の再検討
「法華経」と「無量寿経」の菩薩成仏論
禅門の修行のかたちと変遷
午庵道?繧フ天桂批判 3−陽松庵所蔵道?繧フ訴状と天桂側陳状資料翻刻−
道元禅師の時間論−『正法眼蔵』「有時」を中心にして−
鏡と智慧
初期禅宗における摩尼宝珠 1
「成実論」の無作について
ヘーゲル論理学読解入門 上 「有論」
ブライアン・ヴィクトリア著「禅と戦争−禅仏教は戦争に協力したか−」
遷座
竹村牧男著『唯識三性説の研究』 書評
仏教と環境問題 正続
無責任体制批判
依他起性、雑染、清浄
食事のこころ−赴粥飯法−
養老孟司著『日本人の身体観の歴史』書評
最澄と徳一
新出本「十二門論疏」について

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