労農党の発展的解消
「嵐に立つ」を読みて
プロレタリア経済学
プロレタリアの啓蒙は如何に行はるべきか?
九州遊説記
序文・アンケートの回答など
昭和初期の「人口論争」と河上肇
読書余録
新「目黒里人」私語
河上肇先生と山宣
資料紹介「岐路に立てる河上肇博士」
マルクス主義批判者の批判
マルクス主義経済学の基礎理論
和辻哲郎氏よりの寄書ならびに之に対する私の感想
土田杏村に宛てた河上肇の書簡から
河上肇に魅せられて
河上先生の思い出
資料紹介「京都学連事件に対する経済学部有志教官の意見書」
河上訳稿の行くえ
官憲抑圧下における河上肇 上
影ながら河上先生に会った想い出
大衆に訴ふ
産業合理化とは何か?
第二貧乏物語
京都を去るに臨みて
第百冊の刊行に際して
立候補に際して
家賃値下げ運動と労働組合
一週忌を迎え山宣を憶ふ
選挙戦を終わりて
真の科学者山宣
帝国主義戦争の話
田口先生の思ひ出
資本論の始点と終点との弁証法的統一
「資本論」岩波書店版第一篇解題
使用価値と商品価値との弁証法的関係
希有遭難の時代
山川菊栄さん
鼎軒田口卯吉全集第三巻解説
大学を辞するに臨みて
本誌の復活について読者諸君に告ぐ
古今洞随筆
回顧と希望
「弁証法的唯物論」に関する二種の訳本
嵐の中に立ちて
社会的意識形態と俗流経済学の本質とにつき三枝博音氏に答ふ
レーニン全集第20巻「一九一七年」第1分冊
高田博士の「経済学」
告別の辞
本誌今後の編輯及び発行について
同志山本宣治の死
資本主義の一般的運動諸法則
同志山本宣治の死の階級的意義
追憶
ポポフ著「マルクス・エンゲルスの農民に関する見解」を読む
資本主義社会の根本矛盾
似而非無産党を排撃し粉砕せよ
蓑田氏の寄書に就て
再び自ら編輯の任に当たるについて
「新労農党樹立の提案」を読む
資本の社会的性質
価値論断片
マルクスの価値概念に関する一考察
資本主義とは何ぞや
マルクスの価値論に対する小泉教授の批評の批評
学画浅説
資本論劈頭の文句とマルクスの価値法則
資本論第一版と第二版との相違
マルクスの謂ゆる社会的意識形態について
労働の生産力の発展と資本蓄積との衝突
一学究の公けの日誌
唯物史観の公式劈頭の一句について
対立物の統一としての商品
唯物史観に関する自己清算
序文・前書・広告文など
福本和夫と河上肇
東京の屋根の下から
本当のこと
資料紹介「私」(抜粋)
人口問題批判
マルクス主義経済学
経済学大綱
経済学者・河上肇
河上先生と津田青楓
国語の教材になった河上肇の文章
河上肇と岩波茂雄
マルクス主義のために
小児病を克服せよ
再びマルクスの社会的意識形態について
資本主義経済学の史的発展
我国農村の資本主義化
生産手段に関する所有権の睡眠
加田教授に答ふ
「諸国民の富」のダブリン版について
短かりし交わりの追憶
高田博士の再論について
唯物史観の公式における「生産」の意義
第五十冊の刊行に際して
アダム・スミスの書簡一通
序文・アンケートの回答等

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