東総屈指の私塾を開いた人・宮内君浦
人物博物館と展示=伊能忠敬記念館の紹介=
近世初期の元荒川上流部河況
近世・関東に於ける「時の鐘」について
「半七捕物帖」と岡本綺堂の江戸情報−半七は実在したか−
利根川蒸気船交通史研究ノート 1,−明治五年七月、利根川丸、布佐、銚子間に就航す−
青龍権現老樹の「物語」−鬼怒の畔にみる戦後教育の原点−
利根川資料館
海の舟と川の船
日本海の小型和船
中国地方の川船
水押の優越−瀬戸内海方海船の広域伝播
利根川及び近隣水域の和船関連資料について−高瀬舟・五大力船・投縄船・揚げ船−
九十九里浜の木造船−聞き取り紹介−
小見川藩領・言字極印船関係資料について
利根川下流域と相撲
川名登氏と河川交通史の研究
川名登氏と下総国学研究
川名登氏と房総里見氏研究
川名登氏と地域史研究
川名登氏と三浦漁村史研究
川名登博士と海上町史
戦後東京湾干拓をめぐる民衆動向
日記を書く農民 増田実−流域に生きる人々−
さいたま川の博物館
THEOLOGY AND HISTORY
心伝述證録
間宮林蔵の「カラフト図、蝦夷図」はなぜ先輩、上司の名で発表されたのか−その謎に迫り、真相を解明する
弘化四年 河岸問屋小松原家日記を読む 1,2
栃木市巴波川周辺の景観整備事業
旧利根川の御厩領関について
鬼怒川水運の変遷過程に関する一考察−宇都宮藩の川舟・河岸運上規定の確立を中心に−
雄物川上流の在郷商人記録−史料紹介−
吉田河岸を尋ねて−流域紀行
史料紹介 関宿藩船橋随庵文書 関宿城地用悪水路之儀ニ付村嘆願之案
史料紹介 年不詳・下総国猿島郡境町明細帳
広瀬武著「公害の原点を後世に−入門・足尾鉱毒事件−」
利根川江戸川沿岸の渡船場について
蛇柳考−中利根川河畔の失われた大柳について−
七宝工芸の泰斗・涛川惣助 1−栄光の軌跡−
古河歴史博物館
人間と川とのかかわり方−岡山の旭川を例として−(定期総会記念講演)
河川に面した城郭について−陸上交通との関わりを中心に−
馬橋万満寺の歴史
千葉県香取郡下総町大須賀谷津経塚出土の大治4年銘経筒について 1,2
武州羽生領の悪水処理と幸手領用水
富士川水運の起点-水運開発の所説について-
利根川流域の俳人史料「俳諧画像集」3
大利根用水事業に生きる-野口初太郎技師不屈の生涯-
千葉県立房総のむら-主にソフトの面から-
勢力富五郎の誕生-江戸で生まれた天保水滸伝-
利根川東遷は無かった-近世河川水運の性格について-
高校生と歩く渡良瀬川廃村紀行
睦沢町立歴史民俗資料館
鬼怒川・小貝川の舟運再発見
銚子磯めぐり紀行
松井家文書「先例略記」について-球磨川水運関係資料集の紹介-
堺町を結ぶ吉田用水と戸張五郎兵衛
近世最上川舟運の展開とその特色
旧取手宿本陣染野家住宅
近世相模国の生業と流通-南武蔵と相模と内海-
江戸湾の湊と流通-房総沿岸を中心に-
阿武隈川水運と津出場の設定について
高崎の資料にみる庄川杢左衛門
間宮林蔵の祖「番匠・隼人」は伊那郡代の小貝川流域開発に協力-検地帳古地図から新しい足どりを解明-
東京湾の船輸出入地名物品調 1,2
木更津湊周辺を歩く
袖ヶ浦市郷土博物館-施設・資料の紹介-
近世後期の武州向川辺領の悪水処
「利根川図志」のふるさと“吉高村”
千葉県立関宿城博物館の開館
近世考古学研究の展望
明治デモクラシーを担った人-成島巍一郎(下総町南相馬郡布施村出身)
香取山神宮寺について-「利根川図志」の今昔-
大原幽学記念館の開館-施設・資料の紹介-
煎本増夫著「江戸幕府と譜代藩」-書評-
土木技師井上二郎と利根川図志
船釘考
間宮林蔵の生年月日を明記した文書の発見
茨城県波崎町と利根川-「利根川図志」の今昔-
ミュージアム氏家-施設・資料の紹介-
「利根川・荒川流域の生活と文化」を読む-書評-
中世後期における東国の人身売買についての考察
香取大神宮寺、金剛宝寺考−神仏分離の実態−
足尾鉱毒事件と渡良瀬川の水運
偽文書にみる下総国猿島郡若林村草切についての考察
農兵隊長麻生万五郎
桔梗塚と三仏堂
中之条町歴史民俗資料館
千葉県香取郡下総町大須賀谷津経塚出土の大治4年銘経筒について 1,
間宮林蔵著「北夷文界余話」と「北蝦夷島地図凡例附里程記」草稿を発見
利根川支流・赤谷川と林芙美子の足跡
神栖町歴史民俗資料館
三国街道杢ヶ橋関所と要害について
高瀬舟水運の終焉−流山市の住民の聞き取りから
利根川高瀬舟の写真について−写真の資料的可能性をめぐって
利根川流域の俳人史料「俳諧画像集」 6,7
鹿島灘放水路関係史料について 3
小堀河岸の今昔
船橋 亘について

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