鎖国と幕藩制国家
大君外交体制の確立
島原の乱とキリシタン一揆
鎖国下の貿易 —貿易都市論の視点から—
琉球の支配
アイヌの支配と抵抗
幕藩制社会の身分構成
前期村方騒動と「小百姓」 —畿内を素材として—
近世都市論 —拝領町屋敷の形成と展開を中心に—
身分と家 —身分制支配下の家と村—
幕藩制と部落差別 —賎民制の確立過程—
幕藩制と支配イデオロギー
元禄・享保期の政治と経済 —研究史を中心に—
家綱政権論
元禄・享保期畿内の地域経済 —商業的農業と地域経済—
医事篇
香取社宮中町の成立と変貌−東国における町場展開の一様態−
戦国後期房総における城下集落の存在形態−内宿地名の検討を中心に−
中・近世移行期を生きた商人の一様態−城下町館山における岩崎氏を例に−
中世の鎌倉と山林資源
常陸国久慈西郡金沢称名寺について−瓜連の歴史的位置と替用途をめぐって−
戦国期東国の徳政
大和田重清をめぐる人と地域
日蓮と鎌倉政権ノート
中世末の密教僧の交衆と付法について−上総国新義真言宗を中心に−
戦国大名里見氏の歴史的性格−支配理念の側面から−
和本の装幀−粘葉装・列帖装・袋綴
幕末期の文化的指標 —幕末文化研究序説—
「神国」への道 —「異国」接近と「幕末」文化—
幕末海防と文明 —共有世界の成立と展開—
内乱期の精神構造 —忠誠心の変容—
幕末期の都市
幕末江戸の情報と文化
市井の情報 —『浮世の有様』をめぐるノート—
幕末期町人の政治意識-京都町人の世直し意識を中心に-
荒村復興の農民運動
豪農思想の展開 —水戸藩天保改革への対応をめぐって—
幕末文化の構造試論
飢饉からうまれる文化 —天保飢饉の衝撃—
藤原定家書写「兵範記」紙背文書と「平家物語」
「吾妻鏡」の成立と編纂
鎌倉前・中期の惣地頭・小地頭間相論と西国御家人制
鎌倉時代の摂関家について−公事師範化の分析−
鎌倉期の撫民思想について
地本と下地について
「鎌倉」と鎌足
故都順化
北奥における荘園・公領制の展開
東大寺領伊賀国玉滝荘における出作と加納
「北野天神縁起」と鎌倉時代の北野社−宮仕と大坐禅人を中心に−
鎌倉末期の東寺領荘園−正和年間の史料を読む−
鎌倉時代の内検と損免要求−安芸国新勅旨田を中心に−
中世六郷山の組織の成立と展開
中世書流の成立−世尊寺家と世尊寺流−
「実躬卿記」紙背文書と鎌倉時代の羽林家
「宇佐宮仮殿地判指図」に関する基礎的考察
海事史料としての日蓮書状
端裏銘の日付
中世「墨田渡」と隅田宿および石浜について
伊豆の国学者 竹村茂雄の思想
鎌倉期越中国の徳大寺家領荘園について−「徳大寺家史料」所収文書の検討から−
若狭国太良庄と歓喜寿院
百姓申状と本所裁判−紀伊国阿弖河庄−
大仏再建期東大寺経済の構造−重源上人の経済外的活動との関連で−
中世東大寺の別所と経営−山城国光明山寺を中心にして−
利休死後の太閤秀吉
鎌倉後期伊勢神宮大宮司職の変質
阿弖河荘の建治相論
和泉国における中世刀祢の機能と特質
汎矢野庄の空間構成
鎌倉後期大和国の交通路と地域社会−平野殿荘をめぐるノート−
米稲年貢の収納と稲堆・斤定
鎌倉時代松浦党の一族結合−系図の復元を中心に−
鎌倉時代の天野氏について
政所執事二階堂氏の家系
「百姓」呼称と「百姓」身分
イエと親族をめぐる試論−鎌倉期・武士層の場合−
『鎌倉遺文』の「系図」
中世武士社会と善光寺信仰−鎌倉期を中心に−
鎌倉時代の旗と武士の「家」
水産篇
養珠院お万の方と房総里見氏
戦国武将の信仰生活
木下藤吉郎の功名−秀吉史料の初見−
本能寺変後の明智光秀
一番槍の感状
武田勝頼夫人の最期
楠長諳の九州陣道之記
陣中の新年−朝鮮の役−
荒武者と茶の湯
新潟県の歴史
島井宗室と町人道
桃山時代の大坂城
小田原落城と北条氏の末路
淀殿の生涯
刊行史料集整理の必要性−「鎌倉遺文」所収文書を中心に−
御成敗式目九条成立の前提−平安遺文・鎌倉遺文の「謀叛」用例の検討から−
大府と宰府−鎌倉時代の大宰権帥と大宰大弐を中心に−
九州における荘園公領制の形成と鎌倉幕府
将軍家下文に関する一考察

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