院政と昇殿制−院政系列の秩序体系の形成−
院政期儀礼体系の素描−仏事を中心に−
後土御門天皇期における伝奏・近臣
鎌倉幕府の使節に関する一考察-雑色・得宗被官・御家人-
足利直義の立場−その三 足利直義・私論−
律令における化外人・外蕃人と夷狄
中世エゾ観における「正統と異端」
本地垂迹の体系と中世民衆神学
中世醍醐寺と公家・武家−祈祷と政治
安倍有世論−足利義満に仕えた陰陽師
吾妻鏡を語る −とくに、その文体と成立をめぐって−
吾妻鏡用語の手引き−初めて読む人のために−
漢文資料訓読難−貴志本「全訳吾妻鏡」所感−
吾妻鏡偶感−大姫の悲劇をめぐって
吾妻鏡用語の手引き(2)
吾妻鏡と私
大内守護について−源三位頼政の子孫と吾妻鏡
閻王の首
?W飯について
南よりまた東に到る
音楽篇 邦楽
紙裏文書の方法
日蓮聖教紙背文書、二通
「殿」と「様」−「洛中洛外図」の書き込みから
絵画史料と「職人」−絵巻物に描かれた土器造り
「書牛玉」と「白紙牛玉」
「とうのもと」の慣行と文書史料
奈良の南市について
墨俣一夜城はこうして作られた
信長や秀吉の姿、生き生き
信長は濃姫と結婚する前に吉乃と愛人関係にあった
秀吉の家臣になった前野将右衛門、蜂須賀小六らの川筋衆の実力
信長の桶狭間の勝利は計画的であった
「男の一生」を書き終えて
長篠役鉄砲三段撃ちには、佐々成政の鉄砲隊二段撃ちの原点があった
名参謀・竹中半兵衛の素顔
戦国史を塗り替える古文書
中国大返しは情報戦の勝利
利休自刃の真相は、こうだった
天皇家と多田源氏
奥羽戦乱と東国源氏
東国源氏の京都進出
源平合戦と鎌倉三代
南北朝争乱と足利一族
美術篇
黒衣の僧について 鎌倉・南北朝期における遁世の一面
熊野・伊勢商人と中世の東国
足利義満の王権簒奪過程
大覚寺義昭の最後
足利将軍の出行と乗物
円空仏から見た元禄
応仁の乱前の一色氏に就いて 一色義直を中心として
衆議と内々 『大館常興日記』に見る天文年間の室町幕府の事柄決定↓
北条氏綱と北条改姓
ひのもと将軍覚書
三好長慶とその周辺の文芸
土佐長宗我部氏の初期検地
陸奥府中ノート
国人城下について
鎌倉末期の下総国東庄上代郷
中世後期の大和の村落 再読『大乗院寺社雑事記』
中世後期における伊勢・播磨の久我家領荘園について
中世村落の景観復元 南奥宇多郡福田村を例として
中世民衆史研究の現状と課題
太閤記は史学に益あり
「竹崎季長置文」について
戦国期の酒麹役−「小西康夫氏所蔵文書」を中心に
上杉景勝の発給文書について
金堀と印判状−甲州黒川金山衆の近世化をめぐって
深賢所持八帖本と延慶本「平家物語」をめぐる共通環境の一端について
「殿上闇討」の語義
「狂言綺語の誤、讃仏乗の因」の典拠
延慶本「平家物語」に見える二神協働譚について
延慶本平家物語「祭文」についての覚書
観音の御変化は白馬に現せさせ給とかや
三井寺炎上の実態について
「雪山の鳥」と維盛
寿永年間頼盛関東下向について
副将の年齢とその母
「悪党別当経成」のこと
延慶本注解に関する覚書・三条
「平家物語」の地理観念
「ハタ」と「多」
延慶本「平家物語」に記された和歌の数の書き入れについて
桓武平氏の誕生
八条院をめぐる諸権門
鎌倉幕府成立期における奥州藤原氏と源義経
『吾妻鏡』にみる小山朝光の活動
御家人本間氏について
後鳥羽院政と堺相論
鎌倉幕府?W飯(オウバン)の成立と展開
六波羅評定衆考
元弘三年五月、上野国新田庄における二つの討幕蜂起
南北朝初期における幕府軍事制度の基礎考察
足利氏満期における関東管領について
新田諸族と戦国争乱
平安時代の地方官職
平安時代の技能官人
平安時代の学制・教育
皇位の継承儀礼−「北山抄」を中心に

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