工場街の教師としての「教育」1942
あとがき−子供と共に生活して 「山びこ学校」1951
古い考え、おくれた考え 「村の五年生−農村社会科の実践」1956
子どもらが道徳を創る 1957
「魂あいふれて」より 「生命の出会い-生徒と学ぶ人間の探求」1980
道徳教育をどう進めるか 「カリキュラム」1958
児童保護概説
不良少年の生活構造
ニール的実践の失敗記
最後の少年兵
うそ・盗癖・いばりちらすこども
第一歩から
学校における文化活動の指導
改革十年「秩父音頭」の運動会
わらび座交流学習
安曇野農業実習十年の歩み
「職場で働く体験」をとりいれた社会見学行事
十年目を迎えたヒロシマ修学旅行
紅茶の後
体験が子どもを磨く
洋君のこと 「共に学び育てた子どもたち-健常児と障害児の「共同教育」15年の歩み」1991-
子どもたちに何が語れるか 「子どもと話そう原子力発電所-おもしろ学校公開授業の記録」1989
生徒指導は「性と愛」をどう問題にするか 「生活指導」1985
生徒会活動を中心にした平和教育 「ながさきの平和教育 3-原爆を教え続けて」1977
わたしの生活指導教師としての歩み 「生活指導」1974
「道徳」教育について現場教師はどう考えるか 「教育」1963
「学校づくり」と教師の位置
病友を見舞う(分団式各科動的教育法 1915)
高等一二年女生修身(自由教育真義 1922)
経過と感想(信濃教育 1925)
ゲルのような子ども
小学理科書の左翼的考察
記録の中から
西陣織〈中小工業〉(5年)の研究
地図学習
社会科・理科に於ける単元学習の現状と問題
教科の理論と授業の論理
われわれの歩んだ道
六年生の政治学習
教材を手でつくり・まなぶスタイルに創りかえる
村田教室からのレポート
「原教科」僕の家庭科
星空とコンピュータ
地域自然誌教育の手法
小学校祝日大祭日儀式次第
伊勢地方修学旅行記録
秋季大運動会
学芸会記録
綜合学習発表会
人形たちが子どもたちを待っていた
島小の卒業式
卒業生と在校生による別れのバラード
ゲルニカ事件
西川治先生の地理文様
コース・オブ・スタデーをどう考えるか
わが校の社会科指導要領
社会科単元のえらび方
教育計画のための民衆組織の成立及び運営
「明石附小プラン」について
春秋左氏伝
コア・カリキュラムの構造と本質の再検討
社会科カリキュラムの構成の原理
生活単元学習への批判
理科学習指導要領の検討
水道方式と計算体系
「教科学習五日制」の試み
教育課程改革試案
聚楽式算術教授法
国定教科書意見報告彙纂
国定打破論者に応ず
動的教育学と題材論
植物的教授の一例としての「春の野の研究」
学習課程の建設
生活調査と綴方
題材「しごと」
四年単元「防砂林」
題材「草を食べる」
「パン」の授業
ヤギを飼う暮らし
大根ぬいてたくあん漬けた
総合学習「ヒロシマ」
自由勉強
遠足
総合学習
教科課程案について
自発教育案と其の実現
日本の数学教育
小学唱歌々詞批判
自然科の究明
カリキュラム構成学研究の必要と急務
小学校の教科課程改造問題
郷土教育学習指導案
櫛田村国民学校のカリキュラム
学習指導要領・一般編 試案
野州石室考
“生活のよめる力”を育てる-「こどもだいすき-これが三年生」 1990
“数学だいきらい”退治-「学力への挑戦-“数学だいきらい”からの旅立ち」 1979
人権問題の継承
郷土科教授の一例
合科組織による学習の実際

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