禅宗に於ける異端の問題
信州−大陸、文化の軌跡 帰化僧
五山文学に魅せられて
五山文学新集校刊記
日本僧の群参した宋末元初中国禅林の諸会下
法系の研究方法に関する一見解
臨済宗幻住派
吉川元長の信仰と周伯慧雍の宗風
日本中世禅林に於ける臨済・曹洞両宗の異同
『雲巣集』と『群玉ケイ枝』
空華日工集考−別抄本及び略集異本に就て−
禅の典籍
禅僧筆録日記の拾遺
『碧山日録』記主考
五山版『感山雲臥紀談』の伝承について
『諸偈類要』をめぐる諸問題
教団史的に見たる宋元禅林の成立
五山禅林に於ける朋党的弊害
中国仏教と禅
足利義持の禅宗信仰に就て
足利直義禅宗信仰の性格
北条貞時の禅宗帰嚮の一断面
永平道元の臨済宗に対する感情
日本禅僧の渡海参学関係を表示する宗派図
元末名尊宿の日本への招聘
弟子の道
『現代に生きる禅』座談会
『現代に生きる禅』座談会
禅と五山文学
日本の思想・宗教と中国−禅
『牧谿をめぐって』座談会
『牧谿をめぐって』座談会
北山時代禅林の思潮
『相国寺前住籍』付載の画賛資料
五山文学随想−特に四六駢儷文の構成に就て−
大休正念墨蹟『石橋頌軸序』に就て
後花園天皇宸筆仏統国師諡号勅書
後水尾天皇宸筆『宗統録』勅序
花園天皇宸影略考
楚石梵キ筆「雪舟」二大字について
西岸寺所蔵入寺疏軸について
円覚寺の古文書考
弘安六年七月十八日付無学祖元尺牘に就ての私見
諸方に散見する円覚寺文書
『扶桑五山記』解題
古林清茂住保寧寺語録刊行の周辺
『正法山宗派図』についての二三の問題
『関東諸老遺藁』考
古版『徹翁和尚語録』の刊行について
『蔭凉軒日録』考
臨済宗の宗派図各説
彰考館本『相国寺前住籍』再説
叢林史話
建仁寺妙喜庵看寮子建浄業小伝
『洞院公定日記』に見える「見貞侍者」を遶つて
誠拙和尚の生涯と近世禅林史上の地位
上村観光居士の五山文学研究史上の地位及びその略歴
信濃別所安楽寺開山樵谷惟僊伝についての私見
沢庵宗彭−紫衣事件に対する一見解−
蘭渓道隆と若訥宏弁
近江堅田玉泉・聖瑞二庵の相承と謙巌原沖
金閣の回禄に寄す
禅院の境致−特に楼閣・廊橋について−
応安七年円覚寺火災について
文献上より見たる円覚寺舎利殿
五山研究史概観
『禅・禅宗・禅宗史の諸問題』座談会
『禅・禅宗・禅宗史の諸問題』座談会
『五山の文芸について』座談会
『五山の文芸について』座談会
日本禅宗の伝来
禅林文学の一性格
現存墨蹟を中心として見たる中日禅宗宗派概説
禅宗
五山
鎌倉の寺院と僧侶の生活
臨済宗
五山禅林の学芸
臨済宗教団の成立
禅宗の発展
禅三題
中正子
塩山和泥合水集
狂雲集
栄西と『興禅護国論』の課題
中巌と『中正子』の思想的性格
抜隊禅の諸問題
一休とその禅思想
宋僧泉古澗について
禅僧の法諱に就て
禅僧称号考
日本人名の通字について
蔭凉軒及び蔭凉職考
五山叢林の塔頭に就て
鎌倉五山塔頭の移動について
五山叢林の十方住持制度に就て
直末と附庸
栄山寺行宮資料所見の三禅僧
花園天皇と大灯国師
後奈良天皇と妙心寺

成田山仏教図書館蔵書目録総合リンク集へ戻る
成田山仏教図書館トップページへ戻る