正法眼蔵の時間論
無常の形而上学−道元−
正法眼蔵現成公案啓迪
正法眼蔵弁道話
正法眼蔵の宗教
正法眼蔵の研究について
道元禅師の言語観と眼蔵の表現
正法眼蔵における公案解説の異質性
正法眼蔵における什麼の意義
道元の思想構造
読書漫録
道元の思想・信仰
道元禅師に於ける師の意義と位置
道元における自利利他の論理構造
鎌倉時代に於ける心常相滅論に関する研究
道元禅師と天台本覚法門−法華経引用に関連して−
道元禅師と本覚法門について
道元と天台本覚思想
本証妙修の思想史的背景
道元禅師と天台本覚思想−御抄における天台義批判−
道元の思想
硲慈弘氏の道元禅師における本覚法門批判への研究について
チベット学と仏教
本証妙修覚え書
最後の道元−十二巻本『正法眼蔵』と『宝慶記』−
道元撰新草十二巻本『正法眼蔵』の性格について
鎌倉新仏教における「涅槃経」受容の諸相-特に道元の12巻本「正法眼蔵」を中心として-
道元禅師の自己透脱の御生涯と『正法眼蔵』の進化
十二巻本『正法眼蔵』について
十二巻本『正法眼蔵』について
『正法眼蔵八大人覚』奥書私見
新草十二巻『正法眼蔵』の構想と課題
詩吟船長
伝衣から袈裟功徳へ
再び十二巻本『正法眼蔵』について
道元禅師における信についての一考察
道元禅に於ける信の問題
道元禅の信の図式
道元禅の信決定について
道元禅における心について
正法眼蔵三界唯心釈
道元禅における心解釈考
道元禅における行について
道元禅師の仏性観
道元の仏性論
道元禅師の生死観
禅者の生死観−道元における生死の問題−
学道用心集と正法眼蔵
孤雲懐奘禅師と正法眼蔵随聞記
随聞記を読みなおす
『正法眼蔵随聞記』より見た語録・公案と只管打坐
随聞記の思想とその内容
正法眼蔵随聞記と正法眼蔵抄
正法眼蔵随聞記による教化−貧道学を中心として−
『永平広録』説示年代考
『永平広録』と脱落の論理
「道元和尚広録」と「正法眼蔵」
公案解釈から見た『永平広録』上堂の性格
十二巻本『正法眼蔵』と『永平広録』
『永平広録』巻八所収の法語について
『永平広録』と『略録』の関係
『道元禅師語録』解題
「眼蔵三時業」について
『正法眼蔵』十二巻本
『正法眼蔵』の性格−七十五巻本と十二巻本
十二巻本『正法眼蔵』再考
『宝慶記』と十二巻『正法眼蔵』
公案と只管打坐
道元の戒観と律蔵
道元禅師の十六条戒の成立について
禅戒の成立と円頓戒
受戒と坐禅との関係に就いて−宗学に於ける根本問題の一つとして−
道元禅師の袈裟信仰と戒律
「悲華経」と道元禅師のお袈裟
清規変遷の底流
『永平清規』の背景としての『百丈清規』
原坦山の仏教研究
永平清規の性格−特に菩薩大戒との関係に於いて−
永平清規の構造−行持指導理念としての仮式−
清規実践の基礎的問題について
道元禅師の弁道法
興聖寺における『典座教訓』撰述の意義
正法眼蔵と典座教訓
典座教訓と祇管打坐
東司(トイレ)の正法眼蔵
洗浄、洗面の威儀考
礼拝の意義について−道元禅を中心として−
道元禅師撰「弁道法」における就寝の法について
「正法眼蔵」「看経」の看経
『学道用心集』における学道について
学道用心集と永平大清規
御教示仰ぎたき二問題−「面授時脱落」のこと及び「普勧坐禅儀」の書風のこと−
身心脱落
寛元元年を境とする道元の思想について
『正法眼蔵』に見られる祖師評価
道元禅師と中国天台
道元禅師の法華学について
道元禅師の趙宋天台学
木菴禅師年譜 上下
黄檗木菴和尚六十寿章

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