東大寺大仏殿金銅八角燈篭中台の毛彫紋様と鋳造
古代における建造物移築再用の様相
小さな建築 瓦塔の一考察
古代窯業生産の展開 西日本を中心にして
良弁と東大寺別当制
番付考 古代・中世初期の番付
畿内における土釜の製作と流通
大和地方出土の瓦器をめぐる二、三の問題
上醍醐御影堂史論
階隠考 平安後期の建築にみられる階隠を中心として
絵巻物にみえる器類と考古資料との比較研究序論
熊野三山の経塚
中世の大和における住屋放火
出土鉄器脱塩処理法の研究
甲冑出土古墳の研究 眉庇付甲冑出土古墳について
部民制再考 若倭部に関する憶説
下総龍角寺について
陶邑・猿投・牛頚 須恵器生産の進展
土師器の地域色 6・7世紀の畿内とその周辺
飛鳥寺創建諸説の検討
後期古墳と飛鳥白鳳寺院
斑鳩地域における地割の再検討
法隆寺天智9年焼亡をめぐって 瓦からみた西院伽藍創建年代
軒瓦製作技法に関する二、三の問題 川原寺の軒丸瓦を中心として
飛鳥猿石考
古代寺院の造営と工人の移動 連華文帯鴟尾を中心として
評・郡衙の成立とその意義
日本庭園成立前後の問題
藤原宮域の開発 宮前身遺構の性格について
日本古代における犠牲馬
7〜9世紀の土器製塩
8世紀造宮官司考
平城宮の大膳職・大炊寮・内膳司 墨書土器を中心とした試論
奈良時代庭園における眺望行為の特性
東京都 (関東地方)
三輪山祭祀の歴史的背景 出土須恵器を中心として
古代地方豪族と造寺活動 上総国を中心として
造東大寺司造瓦所考
東国における条里制の施行形態について 秩父盆地太田の遺構の復原↓
日本古代文房具史の一面 陶硯について
転用硯考 墨書土器研究への一考察
古代の新嘗祭に関する一考察
奈良西大寺系の石大工
擦文文化の終末年代 北日本中世史の理解のために
生業研究における石器・骨角器の意味 オホーツク文化の事例を↓
萩原元克の考古学
朝鮮初期金属器の製作技術
慶州飾履塚古新羅墓の研究 非新羅系遺物の系統と年代
北米極北圏の先史文化 東部極北のエスキモー文化を中心に
巻末に
関東地方の縄文時代竪穴式住居の変遷
遠賀川式土器における木葉文の展開
「布留式」土器の再検討
方格規矩四神鏡系倭鏡分類試論
千葉県 (関東地方)
三戸式土器の研究 千葉県舟塚原古墳封土出土土器を中心として
鵜ガ島台式土器細分への覚書
(対談)縄文時代をめぐって
茨城県稲敷郡興津貝塚Fトレンチ出土土器 東部関東における縄文前期後半↓
大木10式土器論
「曽谷式」研究序説
福井平野及びその周辺における縄文時代後期文化について 諸遺跡に↓
関東地方晩期縄文式土器の研究 文様系統論への試論
オオツタノハ製貝輪の特殊性について
ミネルヴァ論争の背景
前方後方墳の性格について
古墳時代銅鏃の二、三について
東国の石枕
九州出土の環鈴について
鉄製漁撈具出土の古墳について
東国終末期古墳出土の馬具 年代と系譜の検討
円筒棺と埴輪棺
人物埴輪における目と口の様式的研究 特に東関東の人物埴輪を↓
常陸久慈の首長と埴輪工人
原野谷川流域の古墳群について
房総七世紀史の一姿相
神奈川の横穴墓群 その素描
埼玉県 (関東地方)
弥生人の里をたずねる
弥生時代の博物誌
縄文時代考
弥生人の技術をさぐる 実験考古学による古代の謎とき
古墳の世界
はにわの詩
黄泉の国の装飾
海の正倉院
(対談)古墳時代をめぐって
渡来文化
はにわの系譜
土師器と須恵器
風土記の丘のあゆみ
西都原風土記の丘
みよし風土記の丘
八雲立つ風土記の丘
吉備路風土記の丘
紀伊風土記の丘
さきたま風土記の丘
房総風土記の丘
はにわの髪形
巨石建造物の謎

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