高度成長政策の登場したころ
証言 鉄棒で二連勝無上の喜び
証言 生徒たちの苦痛の声が
安保闘争は何であったか−血と怒号の一九六〇年−
流行
知らされなかった東南海大地震
証言 敗けたくやしさがこみあげ、ひたすら泣く
証言 北海道の空の下で
証言 病室に起こった驚くべき変化
証言 長期楽観論と明日の不安と
証言 神風が吹くと信じて
証言 終わってホッと偽らざる気持ち
証言 水上特別攻撃隊員として
証言 私をかえたもの
証言 水曜日。晴天。大東亜戦争終結
証言 あの灯は生涯忘れない
証言 私には八月十五日はない
証言 明けても暮れても胸中にあったものは
証言 照りつける夏の陽と蝉しぐれ
証言 横山さーん戦争は終わったよ
証言 野球人にしかわからない血の騒ぎ
証言 あれでよかった
証言 敗戦の実感
終戦の報道とその回想−今日も明日も筆をとる−
敗戦の使者としてマニラに飛ぶ
証言 婦女子救出のため再び嫩江へ
戦争と残虐
犬小屋のエノケン
明るき哉地下住宅
中国古文書と内藤湖南先生
ある中学生の日記 勤労奉仕、豆粕飯のころ
連合艦隊の最期 ミッドウェー海戦から大和特攻まで
改造事件・泊事件・横浜事件のころ 言論弾圧の谷間の中で
東條内閣の崩壊−暗殺計画もあった−
零戦から紫電改まで
証言 腕の中で餓死したわが子
証言 われら地獄の亡者なり
証言 十一歳で見た地獄
証言 後に続くを信ず
わが心の中の特攻隊員
特攻兵器のプロフィール
音なき攻撃「ふ」号作戦
証言 火焔地獄に身を焼かれて
証言 あのときは生き地獄でした
証言 熱風が妹を巻き上げた
証言 ひと握りの白い骨
証言 大閃光 湧き上がるキノコ雲
証言 長崎原爆の炎の中で
証言 もう一遍やってみようか
証言私の八月十五日
証言 イモ三貫匁の夏
証言 焼いても焼いても減らない書類
証言 父が残してくれた最後の言葉
証言 香港攻略 70日間1100キロの快進撃
日米開戦をどう受けとめたか 震えが止まらなかった
日米開戦をどう受けとめたか なんでこんな馬鹿な
日米開戦をどう受けとめたか どうせ日本は負けるさ
日米開戦をどう受けとめたか はだしで夢中で走った
日米開戦をどう受けとめたか 米国で知った開戦
証言 天に慟哭する戦友たち
証言 旧式となってしまった零戦
証言 密林で玉砕したアイタペ作戦
和歌に託した山本五十六の心
学徒出陣 「もとより生還を期せず」の時代
証言 血河、屍山の大修羅場
証言 徹底抗戦、残存兵力34
証言 「星に七夕」を合言葉に
学童集団疎開 母の死も知らず
学童集団疎開 八歳の集団生活
証言 白骨街道へ置き去りにされて
証言 豆だらけの足で中国縦断
証言 重巡「利根」の艦長として
関行男と神風特別攻撃隊「KAのために死ぬ」
昭和のボードビリアンたち
回想の双葉山定次 左目に大きな星が
証言 一日三百人の重傷者
証言 陰謀側の暗号電報を解読
ノモンハン事件の統帥 参謀本部と関東軍の対立
新体制と世界の鼓動 ある「猶予期間」のドラマ
耐乏生活の始まり
銀幕を彩った昭和の名画
日米開戦をどう受けとめたか えらいことになったなあ
日米開戦をどう受けとめたか 忠君愛国の優等生だった私
日米開戦をどう受けとめたか 自分の寿命を決めた日
証言 成功した東京空襲
証言 飢餓と戦い15日間漂流
日米交渉秘話 発端となった神父二人の密使
日米の戦力比較 開戦は狂気の沙汰であったか
ゾルゲ事件の渦紋
エピソードでつづる15年
東条英機論
証言 目の前で仲間が次々と即死
証言 命がけの落下傘降下
証言 信じられないほどのツキ
証言 魚雷40本 爆弾94個の奇襲
流行歌と時代状況 「暗雲が立ちこめてくる」時代
軍閥の系譜 三月事件から二・二六事件まで
証言 二・二六事件 左頭部に撃ち込まれ
証言 二・二六事件 上官命令で落語を一席
証言 二・二六事件 首相の死体に疑問を抱く

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