石田三成の「巨いなる企て」
三成の力はどう培われたか
小早川秀秋への勧誘合戦
薩摩的柔軟試行の典型、島津義久
消えた朱印船貿易家
諸事権現さまどおり
宗春−その人気と側近
主君「押込」慣行の発見にいたるまで
江戸文化は現代日本市場を理解する鍵
海と私
昌益の遺言
「魂」の師、中居屋重兵衛
シーボルトをめぐる世界
ドレミファとスキヤキの文化
教育界の荒武者、伊沢修二
文化と教育のはざまで 学校唱歌に求められた物
「歴史誕生」私感的史観9
聖徳太子没落後に起こったこと
太子の外交
登極令の即位・大嘗祭
「神なる王」の即位式
王権継承のメカニズム
頼朝−奇跡の復活の背後にあるもの
源頼朝の上洛
源頼朝文書の全容
雷電の実像を追って
三すくみの深層構造
「日本株式会社」の源流と行方
大久保利通の虚像と実像
「歴史誕生」私観的史観10
ヤマトタケルの悲劇的生涯
為朝伝説の受容とその背景
忍法「人の和」
忠敬と伊能家
北斎の総所得
「歴史誕生」私感的史観11
任那日本府の謎−古代日本と朝鮮半島
応天門炎上す
天保飢饉、甲州大一揆−甲州犬自村兵助の手記
国会100年、幻の民衆議会−明治民権運動の挫折−
ロシア皇太子襲撃さる−追跡大津事件−
弘法大師の日唐と密教
水銀のシンボリズム
川中島合戦、幻の両将一騎打ち
追いつめられた明智光秀
誠仁親王とその周辺
実録寺坂吉右衛門
お軽の一生
「大化改新」の真相
古代の市街地価
藤原宮の木簡
太閤検地の波紋
日本の近代化がつくり出した土地本位制
四つの土地改革
大久保と西郷の別れ−明治六年のク−デタ−−
ヨーロッパの眼、アジアの眼−兆民の視座−
私観的史観7「歴史誕生」7
越の大王継体の子孫たち
密貿易で稼いだ清盛父子
死せる平清盛、生ける鎌倉幕府を倒す
極悪非道か、合理主義か 清盛の実像
隠された定家の美学
小倉色紙紙背歌集と「人もをし」の歌
松平春嶽の参勤制度改革案
日米の原点への旅
万次郎の末裔たち
奥州藤原氏と源氏との関係
平安京と平泉
頼朝の謀略
江戸の都市特性と長屋暮らし
江戸の雪
江戸庶民の住生活 町に住むことの意味
「歴史誕生」、私観的史観2
利休茶室「待庵」
「風来紅葉金唐草」と「織出蝦夷錦」の謎
「歴史誕生」、私感的史観 3
東の桃源郷 徐福について
日本人二重構造モデル
吉野ヶ里の去年と今年
風土からみた吉野ヶ里
もし三別抄の乱がなかったら
蒙古襲来前後の日本と蒙古・高麗
技術・経済・組織が飛躍した戦国時代
秀吉と長浜城
念仏・律・法華
外国人を驚嘆させた鎌倉の大仏
闇の時代
綸旨万能・謀綸旨・綸旨召返
世襲制は貴種尊重のあらわれ
天下人、徳川家康
王政復古の夜 あるいは、恩賜のするめ
相楽総三、島崎藤村、長谷川伸
年貢半減令をめぐる維新政府と民衆
戊辰戦争の諸段階と年貢半減令
「歴史誕生」、私感的史観 4
実朝の人間像
源実朝への接近
義満と義教のコレクション
「日本国王」義満の文化政策
太陽暦は近代の扉を開く鍵であった

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