法然・親鸞の本覚思想批判
道元と本覚思想
日蓮の遺文と本覚思想
「煩悩即菩提」覚え書き
室町時代の日蓮教学と本覚思想−行学日朝について−
室町時代の日蓮教学と本覚思想−慶林坊日隆について−
叡山・三井と日蓮門下との交流
仙波と日蓮門下との交流
DOGEN AND THOUGHT OF ORIGINAL ENLIGHTENMENT
キェルケゴールと法然−宗教的人間観の形成−
キェルケゴールと親鸞における絶対他者啓示信仰の普遍性
「同時性」と「自然」−キェルケゴールと親鸞−
自己生成の論理−親鸞とキェルケゴール−
キェルケゴールと禅の教え−宗教の新しい可能性を求めて−
キェルケゴールと鈴木禅学−二つの「非」−
西田幾太郎の著作に現れたキェルケゴール
ナポレオン狂
西田哲学とキェルケゴール-「行為的直観」の問題をめぐって-
田辺元の「懺悔道としての哲学」とキェルケゴールの実存思想
三木清とキェルケゴール
自誓八齋戒法
如来蔵と縁起−「宝性論」を手がかりとして
AMUKTAJANAの語義について
「宝性論」1,9におけるARAMBANAについて
「般若経」と如来蔵思想
華厳教学と如来蔵思想-インドにおける「性起」思想の展開-
「華厳経・如来性起品」と「宝性論」-とくにTANTHAGATA-GOTRA-SAMBHAVA(如来性起)という語をめぐって
「無上依経」AMUTTARASRAYASUTRAの構造
真諦論・摂大乗論世親釈における如来蔵説−宝性論との関連−
転依−ASRAYAPARIVITTIとASRAYAPARAVITTI−
究極的真理の記述-大乗仏教に於ける六つのカテゴリーによる-
仏教とインド社会−ゴートラGOTRAの概念をめぐって−
GOTRABHUとGOTRABHUMI
GOTRABHUMI覚え書−特に「般若経」の十地をめぐって−
ツォンカパのゴートラ論
聖種ARYAVAMSAと種姓GOTTA
種姓に安住する菩薩−瑜伽行派の種姓論・序説
『釈摩訶衍論』における本覚思想
中国天台宗における本覚的思想
歴朝詠物詩選 1〜4,
中国華厳宗における本覚的思想
中国禅宗における本覚的思想
空海及びその門下の本覚の用語例及びその意義
五大院安然と本覚論
俊範の本覚思想
ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派の人間観念
ミーマーンサー学派の人間観
インド言語哲学における人間観
クリシュナムルティにおける人間
初期仏教における人間観
アビダルマの肉体観−「倶舎論」を中心にして−
初期大乗仏教における人間観
浄土教における人間観−浄土経典を中心として−
唯識・如来思想の人間観
密教の人間観
中国仏教の人間観
華厳思想における人間観
如来蔵・仏性思想
法性、法界、法身、仏性−大乗仏教に於ける究極的価値の構造−
法身の一元論−如来蔵思想の法観念−
大乗の諸仏と如来蔵思想
如来蔵思想の菩薩論−「宝性論」による概観
唯心と如来蔵
如来蔵思想をめぐる論争−清弁造「中観心論」声聞真実決択章を素材として−
如来蔵思想と縁起
如来蔵思想に於ける悟りと救い
如来蔵思想における信の構造
「究竟一乗宝性論」の構造と原型
宝性論における如来蔵の意義
講義のことなど
静照の「極楽遊意」
「今昔物語」「梁塵秘抄」にみる仏教思想
長明の念仏
「歎異抄」と親鸞の書簡
「海道記」の宗教
「とはずがたり」の宗教
日本文学に現れた恩の思想
中世仏教思想と文学
「雑談集」出典考
日本文学における主要な仏教術語
仏教術語の理解について
歴代天皇御製と信仰
法然・親鸞における人間観
道元・日蓮における人間観
インド思想における人間観の特質
「リグ・ヴェーダ」における人間観
開口
法典において見られる人間観
インド叙事詩に見られる人間観
ブラーナ文献における人間観−世界創造論を通じて−
サンスクリット文芸作品に見られる人間観-演劇の登場人物とその性格-
サーンキヤ・ヨーガ学派の人間観
思い出すこと
中国の浄土思想
四種三昧の本尊について
念仏と見仏
中道論−浄土教の立場から−
日本の阿弥陀信仰
信の系譜
一念義の周辺

成田山仏教図書館蔵書目録総合リンク集へ戻る
成田山仏教図書館トップページへ戻る