ブラフマンの明知とシュードラ-シャンカラにおけるシュードラ排除の論理
YOGASARASANGRAHAの業理論
「摂大乗論」第3章の解明 1-チベット訳無性註を中心として
牛飼いの神クリシュナの成立時期-ゴーヴァルダナ・ダーラナ神話とアービーラ族を中心↓
義浄の僧伽?ケ芻生活
羅什門下の教相論-「喩疑」及び僧叡を中心として
パーリ上座部における夢の分析-新資料「サラーサンガハ」第十章
中国で博士論文審査に加わって
『リグ・ヴェーダ』の戦う神インドラについて
祭式とシュードラ
命令から行為開始に至るプロセスの解明
シク教の思想 2
「随方毘尼・略教」考
『大般涅槃経集解』における僧亮の感応思想
スリランカにおける仏教とキリスト教の対論 1
ローマ法王は過失を犯すことは無いのか?
「インド哲学なるものは有り得ない」という発言
リルケにおける仏教-特にその禅的なるものへの考察
仏教とキリスト教の接点-スリランカにおける仏教とキリスト教の対論(最終回)
「古代グゲ王国」説の欺瞞
地獄に留まろうとする王様の物語
縁起と界
祭式の二重機能性-シャンカラの祭式観の一断面
クリシュナ信仰展開に関する一考察-VISNU PRANA,HARIVAMSA,BHAGAVATAPRANAにみられるゴーヴァルダナ山神話の比較分析の試み
アジュラーダー・ガラーナーのアーリー・ラヤ(インド音楽研究 6)
義浄の仏蹟巡礼
「日本霊異記」にみられる朝鮮半島観
鎌倉と鎌倉新仏教の祖師たち
葬法の変化と教義の相互変容についての一考察-ルーマニアと日本の死の習↓
「頓悟真宗金剛般若修行達彼岸法門要決」の諸本について
華厳宗毎月講表白 審祥大徳忌表白
イタリアのヤマトロジスト(日本学者)-PAOLO BEONIO-BROCCHIERI
アメリカ仏教学一端
第6回国際チベット学会に参加して
弥勒菩薩−中国における変容−
法蔵菩薩
上行菩薩
常不軽菩薩−名前の由来をめぐって−
金剛界曼荼羅の菩薩たち
胎蔵界曼荼羅における菩薩たち
中国仏教における菩薩僧
菩薩唱道文管見
大乗修行門諸経要集における菩薩道
チベットにおける菩薩信仰−ダライの観音化身思想を中心として−
止観実践と念仏思想
平安時代文学にあらわれた菩薩像
律宗の菩薩
法華宗における菩薩観
禅の悟りと菩薩道
時宗に関する菩薩
修験道における菩薩
日本の民俗における菩薩
新宗教における菩薩観−立正佼成会を中心に−
北伝仏教有宗の特質とその発展
中国の文学における宗教−仏教伝来を中心として−
サンスクリットの発音と現代における表記法
サンスクリット語の片仮名表記について
『道行般若』古写経の音写語について
インド仏教における「方便」
梵文薬事欠損箇所の部分的補填
『根本中論』テクスト考
パーリMATANGA-JATAKAとジャイナ伝承の比較研究
般若経の頭陀支
『ナラ王物語』覚書
GARBHA研究
助動詞《yin》《yob》と動詞《’dug》
科学主義とその超克
未来の科学と当来の仏教
日本的宗教観を超えて
「新大乗」運動を提唱する
死をいかに美しく生きるか
徳本行者語
元朝秘史モンゴル語の「温都舌侖」について
ジンギス(成吉思)ということば
雪岑の華厳と禅の世界
親鸞とその思想−悪人正機と本願ぼこり−
仏教と儒教の間−惺窩の初期を中心として−
象徴的生活者としての菩薩
菩薩思想の源流と展開
菩薩戒と大乗仏教教団
密教における菩薩
文殊・普賢
蓮華部院(観音院)と妙観察智と阿弥陀如来
勢至菩薩
現代ビルマ仏教の一側面
真諦訳『宝行王正論』における十地説
〈三身〉と〈五法〉−両者の結合関係とその成立過程−
『秘密集会』ジュニャーナパーダ流の新出文献
チベット文『目連救母経』和訳
チベット訳『金剛経』の敦煌諸写本
サキャ派「道果説」研究II
大乗起信論の訳出場所とその年代
釈摩訶衍論の構想
命令文の意味を問う議論
諸「観経疏」に於ける仏身及び国土観の特色とその意味
万松行秀と華厳教学
『大乗起信論』の信について
天台智??と『大智度論』
劉キュウ撰『注法華経』の逸文について
善財説話の禅的受容

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