聖徳太子と菩薩思想
南都仏教における菩薩思想
一遍上人の菩薩思想
日蓮の菩薩思想
親鸞の菩薩思想
法然の菩薩思想とその成立・展開の問題
行仏威儀
鎌倉室町禅における菩薩思想
地獄への超越−白隠の菩薩道−
盤珪禅師における菩薩道の実践
妙好人と菩薩思想
新宗教における菩薩思想−立正佼成会を中心として−
仏教美術における菩薩思想−観想行とその造型化を中心として−
近世庶民の生活と信仰
幕藩制仏教の形成−鈴木正三とその周辺−
土の子等
高野山の神仏分離
仏陀観と心−大智度論を中心として−
原始仏教におけるcittaの構造
唯心と如来蔵
法華経に現われたる信
八正道の展開と修行道論
言語活動の止滅と空性−ブラハンチャについて−
霊我と心−サーンクヤ哲学における−
ヨーガと真如−『瑜伽師地論』と『解深密教』を中心に−
「住心」の構造について
心真如と心生滅
『十住心論』における心
本覚法門と心
無明、この心を覆うもの-古ウパニシャッドを中心にして-
西義雄博士略歴
西義雄博士主要著述目録
原始仏教における菩薩の観念
ジャータカにおける菩薩思想
仏伝経典の菩薩思想−『ブッダチャリタ』『マハーヴァスツ』を中心に
部派仏教における三乗と菩薩の思想
般若経における菩薩行
維摩経における菩薩思想
浄土真宗における仏道の体系
真宗における正統と異端−「かくれ念仏」と「かくし念仏」−

光応寺蓮淳と河内門徒−専応寺蔵蓮淳書状をめぐって−
親鸞における『選択集』の付属
寛正法難後の蓮如上人の動向について
蓮如伝の二三の問題
近世真宗教団定立の実態
笠原本誓寺について
真宗寺院の原初形態
後戸の護法神
幡蓋から潅頂幡および白蓋へ
庶民仏教研究の一面
越後八海山行者の憑祈祷“引座”について
木食山居とその周辺
富士山信仰について
会津の木食僧・行誉、栄昶の宗教活動
西国巡礼聖の一資料
寺社縁起と民俗
民間陰陽師の咒法
狩野一渓とその遺作
頼朝と義経
無我愛運動とその背景・周辺
如来教について
十門口義
狐と蛇とカメ−『理家本生』における仏教説話私考−
漱石の「木屑録」と子規の批評
成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌にみえる梵文について
『イシバーシヤーイム』索引
虚無と論理
Uddyotakaraに批判されるアポーハ論
仏教道徳の倫理学的批判への試論−とくに慈悲の道徳性と非法性について−
「正法眼蔵」の哲学批判のこころみ
専修念仏の世俗道徳への傾斜
鎌倉新仏教の革新性への分析視点
明治期の近代的自我とナショナリズム−特に高山樗牛におけるナショナリズムの傾斜について−
プロローグ




日本仏教史にみる罪と罰
白鳳仏教における実践性
「草堂」について
八角堂考
『愚志』雑考
善無畏三蔵影について
穂積朝臣老の境涯
初期真宗の門徒制条一班
唯授一人口訣相承について
念仏禁止の背景
初期仏教の三宝の真相
入出息念定の根本問題
阿含経典における「見」について
舎利弗の帰仏に関する一、二の問題
縁起無自性の意味
得獲成就
『知恵のともしび』第15章(試訳)
法師を守護するもの
准提仏母(Cundi)について
四礼と四処加持
クシャーナ王朝時代におけるヒンドゥー教の実情

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