THE SHUTSU JO GOGO出定後語 2,
極楽往生者の日常生活 下−日中の休息−
北魏法難と図讖の研究序説
法然上人「三部経釈」に説かれる「選択」をめぐって
法然上人「浄土立宗の御詞」について−「平行線の教え」から「たすきがけの教え」へ−
善導「観経疏」所説の「浄土」について
東晋における帝室の仏教信仰について
REMARKS ON THE SOCALLED BHIKSVADHYAYA IN THE VINAYA OF THE SARVASTIVADINS
ABHISAMACARIKA−DAHRMA第7章訳註
木戸幸一の宮中入り−内大臣秘書官就任過程を通して−
法然所修「逆修法会」の特異性−前例との比較を通して−
16〜17世紀のモンゴル精神史におけるチンギス・ハーン像
仏滅年の再検討−論争史の回顧とベヒェルト説批判−
浄土教思想比較論序説−方法論的論議−
浄飯王の晩年 上,−父子再会−
前漢斉悼恵王の封域−漢初の諸侯王国の行政体制についての予備的考察−
千手観音菩薩−その像容を考える−
法然上人「十住心論について述べられる御詞」について
祐天寺祐麟と「浄業課務」の勤行法
「倶舎論」七十五法定義集
中世における「選択集」の展開
「弥陀本願義」の奥書について−「伽陀婆羅摩」を中心として−
増上寺三十二世貞誉了也の事跡について
「法蘊足論」と「ラトナーバリー」−「雑事品」の系譜−
STHANARHA OR ASTHAPANARHA?A QUESTION CONCERNING A VINAYA TECHNICAL TERM
「発智論」「婆沙論」の煩悩体系
「胎蔵縁起」「血脈譜」一行伝−開元14年「清滌毀戒」の意味とその伝教大師による削除の理由を求めて−
PRATYEKABUDDHABHUMI SANSKRIT TEXT AND ANNOTATED TRANSLATION
知道上人作五段「光明真言講式」の伝本考証ー高山寺本系統を中心として-
北宋時代の在家の仏教信仰−元照の記した墓誌銘によって−
後北条政権下における関東の本山派修験
「称讃浄土仏摂受経」訳注
「仏祖統紀」の「大日本続蔵経」本と「大正新修大蔵経」本の文献上の問題点
「仏祖統紀」の「正蔵」本(万暦版)の欠落文
増上寺日鑑 1〜16(月番日鑑,守護職伴頭職日鑑,帳場日鑑,役所日鑑)
原始仏教・アビダルマにあらわれたカーマ(欲望)
善導「観経疏」における批判対象−特に「唯識法身之観」について
法然の九品観と熊谷直実の上品上生往生立願
北朝国家と仏教学
サンスクリットと部派仏教教団 上下
千妙寺の潅頂執行について
プールヴァルダナの『随相論』抄本
新出『当麻曼陀羅不審問答抄』について
『建内記』に表われた浄華院の塔頭について
ガンダーラ語仏教圏と漢訳仏典
A STUDY OF CHANDRAKIRTI'S BODHISATTVAYOGACARACATUHSATAKATIKA 2
『発名能可利父子抜書』について
『厭穢欣浄集』について
『小経直談要註記』について
『大唐西域求法高僧伝』の原題
一行禅師創建嵩岳会善寺戒壇 1,2,
シャマタデーヴァの伝える阿含資料
敦賀西福寺の成立と発展
『西方指南抄』の成立について
蔵訳稲幹経「広疏」・「広釈」和訳 3
梵文阿含経雑俎
「言語」に対するブッダの態度
了誉聖冏の生涯
北宋時代の抗州における禅僧と浄土教
「報怨行」始末記
道生撰妙法蓮花経疏対訳
法然関係史学論文目録
ニガンタ・ナータプッタ説再考
竺道生撰『法華経疏』の古形逸文
二尊院所蔵七箇條制誡について
アウグスティヌス「自由意思論」における自由意思の性格と問題点について
共同供養の意味−犬卒都婆と流れ潅頂−
「ニャーヤ・スートラ」邦訳 上下
十地経論における十障の意味
六足論の成立地
ダルモーッタラの一考察
増上寺開山酉誉聖聰について
『蓮門六時勤行式』の制定と展開
勢観房源智の親類紀氏について
TARKARAHASYAに見える引用文
タットヴァーアルタにおける衆賢説
『道教霊験記』について
善導・深心釈をめぐる対論
浄華院秀馨について
浄華院の発展について
隆寛の配流をめぐって
蘊処界の改変と五位の成立
古代インドのシンボリズム
十住生阿弥陀仏国経における十住生法の成立について
創刊の辞−大雪山−
パリバージャカについて
人格変換の心理と憑依体験
隆尭の著書と書写本について
中国における三教一致・諸宗融合の思想
福沢諭吉の宗教観 附文献
中江兆民の思想と宗教
井上哲次郎の宗教観
杉浦重剛の「理学宗」について
増上寺文書
シヴァ教の説水銀派の説ヴァイシェーシカ説
儀礼の精神分析的研究
法然伝の疑問について
慈恩大師の教体説
仏教概論
思春期儀礼の精神分析的研究

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