魏晋時代の般若思想−僧肇の不真空論に見える三家異説を中心として−
吐魯番出土の道教関係資料数種
月称による龍樹の時間論−MADHYAMAKAVRTTAU KALAPARIKSA NAMAIKONAVIMSATITAMAM PRAKARANAMの和訳
『文心雕龍』の美
管子の軽重篇について
老子守庚申求長生経について
シナ思想に見える遊戯的傾向
「惟漢三年大并天下」瓦当についての小考
造形に見られる亀と文字との関係
明の太祖の三教思想とその影響
倶舎論賢聖品の三十二行相について−称友の倶舎釈に依りて−
唐三蔵の出生説話について
天台の即身成仏義
焦氏易林の作者について
禅宗の発生
差役考
国史より見たる仏教
中国法における疑罪の観念
説一切有部の随眠論
菩提心法者としてのアティーシャ
摩利支天陀羅尼の梵本
GANDAVYUHA AND THE RELIEFS OF BARABUDUR-GALLERIES
DAS ALTE PALMENBLATTSTUCK VON TEMPLE HYAKUMANBEN CHIONJI,KYOTO
THE BEAUTY OF LOVE IN THE MEGHADUTA-IN COMPARISON WITH THE JAPANESE CLASSIC POEM,MAN-YO-SHU-
SAUNDARANANDA に現れた SABDALAMKARA
SUMAGADHAVADANAとDIVYAVADANA
禅と東西文明
禅についての随想−青年学徒に語る−
死と生−一つの人生談義−
白隠に学ぶ
禅話数題
内村鑑三先生のことなど
無有好醜の願(不二美の願)−仏教美学の悲願−
空虚感について
信仰ということ
仏教における人間の自覚
フィヒテの宗教観
ヤスパースの宗教観−世界史における宗教の意味−
禅と西洋の人間
禅と真の自己
禅と現実の生活
敦煌発見神人所説三元威儀観行経断簡校勘
百万遍知恩寺貝葉梵文の研究
告祭序説−古代支那に於ける祈祷儀礼−
「太公家教」校釈
舎利弗阿毘曇論について
十事非法に対する諸部派解釈の異同−特に諸律における十事各項の理解の比較−
施設について
シャンカラの小乗仏教批判
空観の発展
ラトナキールチの遍充論
大日経の本文検討二三
「四度」真言の音訳字の性格
ビルマの誦律会
チャーナクヤ・シャタカ(和訳)
インド古暦と仏教天文暦−特に仏誕日等に関連して−
西域の仏教遺跡
ヨーガ学派と仏教交渉の一断面−認識論を中心として−
中元盂蘭盆と敦煌本中元玉京玄都大献経
チベット蔵経に伝える破神論の梵文資料
草木成仏の日本的展開
弘法大師の縁起観
五大院安然和尚について
貞慶の信仰
バラブドゥール回廊彫刻と華厳経入法界品
ソ連と中共
雲の使者における愛の美−万葉集との比較−
秘密集会タントラ成立に関する二、三の問題
三種の梵語讃
仏教の科学性−バプティスト氏の本への批判をもととして−
大乗仏教思想の根本構造序説
竜龍における実践について
中論における相関性の論理について−第十章「火と燃料との考察」の研究−
瑜伽行派における根本真理
五体験と反省
虚妄分別の広狭二義
七事実と論理−唯識説の理解に関連して−
陳那と法弥とにおける自証について
深密解脱経と解深密経
有と無
老子変化思想の展開
初唐における道教と仏教
中国における密教信仰
敦煌本太平経と仏教
道教功過〈倫理〉思想と中元盂蘭盆
初期の功過格に就いて
万治本自知録〈吉岡蔵〉
四十二章経と老子化胡経
三洞奉道科誡儀範の研究
釈尊のお誕生と花祭
六朝道教の種民思想
中野義照博士略歴
中野義照博士主要著作目録
韓非子の統治論
九分教ヴェーダッラの原意とヴァイプルヤの解釈
「縁起」の意義と思索の限界
マウリヤ王朝時代における仏教の社会的基盤
阿毘達磨集異門足論釈を例としての翻経三蔵玄奘の翻訳混乱(主として誤訳)について
舎利弗阿毘曇論の部派仏教に於ける資料論的地位−特に心性本浄説伝持を観点として−
馬鳴研究備忘録二題

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