菩薩の十地思想について
多宝塔思想と迦葉仏伝説との交渉
龍樹の中の哲学
龍樹の空について
月称造四百論釈疏に於ける破我の論理−対数論プルシャを中心として−
世親年代再考
唯識説の二つの立場
二分依他性説の成立
梵文二十論に於けるARTHAとVISAYAに意味について
又蔵の火
分別性に対する対決−唯識に於ける人間存在の根本構造への手掛りを求めて−
南岳慧思の法華三昧
仏教の宗教性−「基督教より仏教へ」の本を原理的に見て−
日本唯識家に於ける真如説の新展開
潮音道海の臨済・曹洞禅批判
近世一向宗教団の性格
比較形而上学について
体験と反省
律蔵の成立と浄法の関係
阿含に於ける無我分別と止揚
無我と空
バーマハとバッティとの関連に関する一考察
陳那学的二量説の一断面−クマーリラの二批判をとほして−
知識論的立場における「無」の理解
数論頌の原型と古註の性格
アートマン観の一断面
アーシュラマの一考察−梵行期の修行形態を中心として−
ASTAVAKRAGITAについて
仏教東漸の伝説
バーシュカラ・マントラ・ウパニシャッドについて
転輪聖王について−原始仏教聖典を中心として−
生天倫理と仏教的態度−ヂャータカ宗教倫理の一視点−
聖徳太子と涅槃宗義
道者超元に就て
仏教に於ける色(物質)の概念について
涅槃と間の限界−阿含とウパニシャッドと大乗の思想的展開−
世友(VASUMITRA)に就いて
数論派の有情観
三論教学の論理と思想
同体縁起思想の成立過程について
法蔵教学における因果二分思想
三種悉地破地獄儀軌の研究
唐代仏教家の考論について
蒙古語における外来語と外来文化−とくにサンスクリット語系外来語の考察による蒙古宗教文化考察の序説−
日本仏教と倫理道
太子教学上の諸問題
人と法と国
聖徳太子研究序説−三経義疏の哲学的解明について−
伝教大師の小戒棄捨と無戒名字の比丘
神仏習合に関する一考察
仏法房の房号とその意義
道宣の三学観
大般涅槃経三巻本の在り方に就いて
ラーマーヌヂャ派の「古師」について
妄念論
月称著「入中観論」第一章訳注
如来蔵思想の発達に就ての一考察
ハイツカとヘーツカ−特にマヌ法典第12章第111偈について−
ボロブドゥール塔研究序説
サルヴァ・ウパニシャット・サーラ
小乗仏教に於ける善悪の基準
吠檀多に於けるヴィシヌ系思想の概観
霊弁の華厳経論に就いて−新発見六巻分の解説−
華厳の性起に就いて
世俗教育の教科書として用ひられたる法華経
チャーガレーヤ・ウパニシャッド
シャンカラ哲学の歴史的社会的立場
初期に於ける真俗二諦論の意義
御物法華義疏の撰号−「此是大倭国上宮王私集非海彼本」に就いて−
菩薩の総願について
浄土宗義の発達経路
大乗仏教の興起と浄土経典
大東亜建設の指導原理
法然教学の論理的考察
法然上人とその時代−方針並に課題−
支那仏教の現状と其改造
クリシュナ神の崇拝
真宗の体と教義の基本概念
民族発展の合理性と非合理性−特に仏教的世界観の問題として−
普賢行願思想の発展史的意義
仏教の近世的様相−大和の今井称念寺を一例として−
法華密教の研究
法然上人の浄土論観
元代に於ける僧尼管属僧官並に度牒の研究
金剛般若経に就て
仏と我々
無の思想の系統論的研究−知見の為に−
一遍上人の名号思想と其の性格−その浄土教に於ける地位−
法華経長者窮子の譬喩に就いて
回春・回生
和国の教主
思惟半跏像の命題考
恵隠と大陸の講経
日本国家と仏教序説−飛鳥・奈良時代に於ける国家と仏教−
神道と仏教との交渉−仏教伝来より奈良朝末期まで−
金峯山信仰の伝説と其の思想的展開
神国の自覚と穢土の思想
西宗要の宗典的価値
智慧・慈悲・念仏の問題−證空上人の一つの見方について−
浄土教徒が遺せし印刷文化足跡の一二

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