現代の水子地蔵
水子供養に思うこと
中国の地蔵霊験譚
日本の古典に見る地蔵菩薩
生苦
現代の地蔵霊験譚 東日本編,西日本編
地蔵和讃の由来と伝承−特に「賽の河原地蔵和讃」について−
地蔵さんとうた
お地蔵さんのわらべ唄
笠地蔵
異名地蔵物語
素焼きの豆地蔵を作ろう
延命地蔵菩薩経直談鈔 目録翻刻 付 収載説話一覧表,影印編
六斎念仏
ヴェーダーンタ哲学における絶対者
ウパニシャッドにおける絶対者
ラーマーヌジャにおける絶対者と個我
仏教論理学派における破神論−シュバグプタとシャーンタラクシタ−
プラーナ聖典における絶対者−『ヴィシュヌ・プラーナ』に現われる絶対者−
パンチャラートラの神学と最高神の概念
文学による解脱は可能か−アビナヴァグプタのシャーンタ・ラサ論−
アムベドカルの「仏教こそ人間の宗教」について
絶対者への道としての音楽
わが仏陀観
不動明王の願い
不動明王の現世利益
近世江戸の不動尊信仰
現代の不動尊霊験記
図解・不動明王と従者
全国の不動尊霊場案内
不動明王の系譜
針供養
チベット仏教における成仏の理解−仏伝十二相をめぐって−
「活仏」について
中国仏教の仏身観
不二法門を通じて捉えられた「絶対」の構造−智??の場合を中心として−
天台大師の仏身観
一心における染性の本具−『大乗止観法門』の場合−
法蔵のビルシャナ仏観
李通玄における「仏」
観仏と念仏−諸『観経疏』における観・念の問題−
禅宗史上の仏−祖統説の形式とその意義−
大乗仏教における供仏
日本仏教の仏身観−久遠仏をめぐって−
即身成仏−空海と宗喀巴−
日本天台の仏身観
仏祖と只管打坐
修験道における仏と仏の世界
近世日本思想史における絶対概念の展開
仏陀と創造王−仏教とキリスト教における絶対者の概念−
節分会
虚空蔵菩薩−大空のような福と叡知のこころ−
地蔵菩薩−救いなき者に手をさしのべるこころ−
不動明王−ゆるがぬこころ−
愛染明王−情念を鎮めるこころ−
阿修羅−自我に執着するこころ−
閻魔大王−業苦を共にするこころ−
鬼子母神−大きな愛にめざめるこころ−
弁財天−真理の妙音を奏でるこころ−
仏教における仏の根源態
仏の称号−十号論−
大乗の諸仏と如来蔵思想
『般若経』の仏陀観
聖観世音と即身成仏義
羅漢さん
唯識説における仏陀観−初期の法身説を中心として−
成仏の根拠−唯識説における初発の無漏智の因縁について−
『初会金剛頂経』における成仏の構造
曼荼羅の世界
涅槃の諸相(覚書)
『中論』における法 下
『順中論』にあらわれる因の三相
仏像の耳たぶ
不動明王と護摩秘法
観音の実践者とその世界
無畏の信念
伝教大師と千手観音
弘法大師と観音信仰
臨済宗と観音信仰
曹洞宗と観音信仰
観音の五観
汝聴観音行
観音の七聖財
観音の衆生縁
弘法大師の宗教に於ける不動尊と護摩に就いて
我が精神界に於ける釈迦の位置
乃木大将と不動の精神
支那哲学史
精神上より見たる東郷元帥
釈尊−無明の闇をひらくこころ−
大日如来−すべてのものを光り包むこころ−
阿弥陀如来−無心に祈るこころ−
薬師如来
弥勒如来−永遠に待ちつづけるこころ−
文珠菩薩−般若の智恵をうなずきとるこころ−
普賢菩薩−みんなのしあわせを願うこころ−
観世音菩薩−慈悲の泪がかわかない」こころ−
勢至菩薩−意思の力を守り育てるこころ−
延命地蔵菩薩経直談鈔 書誌
日蓮聖人の成仏論−本覚思想との関係において−

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