聖者文殊師利一百八名讃 1巻
聖者文殊師利讃 1巻
大方広仏華厳経疏演義鈔 29巻 付科文1巻
円覚経略疏之鈔 25巻
六離合釈法式 1巻
沙石集に現れたる地蔵菩薩の研究 付:日本霊異記のこと
近江と地蔵信仰
三国因縁地蔵菩薩霊験記功
今日は楽しい地蔵盆
観世音菩薩に就いて
皇国に於ける観世音の信仰
浅草寺の秘仏本尊に就いて
信仰の意義と観音信仰
若き女性と観音信仰−女人成仏といふ思想検討−
護国寺の如意輪観音
支那の国民性と観音信仰
観音大士と普陀山
台湾人の観音信仰
支那に於ける観音信仰
親しまるゝ観世音
観音を念ずる心
青年と観音信仰
スリランカにおける仏教日曜学校
スリランカの近代化と上座仏教の対応 4−地域開発と上座仏教の役割−
スリランカの近代化と上座仏教の対応 3−現代スリランカにおける仏教と政治−
スリランカの近代化と上座仏教の対応 5−仏教理想の実践−
戒律仏教としての上座仏教の特質
法華経出現の過程−初期大乗仏教とは何か−
明治廃仏毀釈と肥前平戸松浦藩「本成寺」について
念仏成仏これ真宗
日隆聖人伝史料の一考察−聖人葬送記事と第三七日忌法則との関係−
「十三問答抄」管見
日本における星神信仰の一考察−日蓮聖人御遺文に見える星神・北斗を中心にして−
日法聖人文書の研究 3−光長寺蔵「要文集」(『山門申状』)と『仏法伝来記』(『仏法渡次第記』)の真の筆者、題名と伝来について−
六角大宮の非人風呂について−本能寺非人風呂の再検討−
日蓮聖人の真言批判について−末法下種思想形成の一側面−
『立正安国論』の禅宗批判について
長谷川信春についての一考察
親鸞聖人のご往生はいかがありしか−頭北面西と五体投地(現前到来)−
現代スリランカ上座仏教の研究について−仏教学としての現代仏教研究の立場から−
上座仏教の存在形態 1−シャム派(SIYAM NIKAYA)について−
上座仏教の存在形態 2−アマラプラ派とラーマンニャ派−
上座仏教の存在形態 3−寺院と僧侶−
上座仏教の存在形態 4−僧侶の生活と活動−
上座仏教の存在形態 5−ピリット儀礼−
スリランカ仏教を支える村落社会
布経
シンハラ村落社会の生活慣習と村人の上座仏教−事例研究−
シンハラ仏教の社会学・文化人類学的諸研究−とくに上座仏教と民間信仰の関連を中心に−
スリランカ上座仏教の歩み
西洋支配下のスリランカと仏教の復興
スリランカの近代化と上座仏教の対応 1−在家信者の組織と活動
スリランカの近代化と上座仏教の対応 2−仏教教育と仏教理想の社会的具現−
スリランカの学校制度と仏教教育
臓器移植は課題をクリアできるか−今こそ人工臓器早期完成を期待する−
生命倫理委員会報告
癌告知?の体験から(講演)
現代中国の念仏信仰を見聞して
救いの構造
ただ如来にまかせよ−信心の極致−
弘誓に生きる−永遠の弥陀−(講演)
花鳥風月にもこころをよせず(講演)
信心と念仏(講演)
今日の迷いと明日への希望−輪廻思想が私たちの人生に与える意義と限界−
入浴の人生−産湯から湯潅まで−
本当に自分だけで生きているのか
往生とは 上下
論証「往生について」−
親鸞聖人の手紙−「末灯鈔」第十二章−(講演)
浄土真宗の根源
如来を拝見うたがはず(講演)
真宗の伝統−正信偈のこころ−(講演)
よろこびすでにちかづけり(講演),要旨
「歎異抄」第1章について(覚書)
「歎異抄」管見−第二から第五まで−
子供の説教
日常生活における仏教−戦前戦後、真宗の「四八の法座」−
私の一日−懺悔をかねてお話すれば−
葬式仏教こそが現代の仏教である−分化する社会機能の中の大事な役目−
水子供養はどうすればよいのか
御文のある生活
蓮如上人と御文解説
落日の光芒
「お暇乞い」を忘れた門徒
感謝と往く先を知る−輝く晩年−
帰命無量寿如来 南無不可思議光のこころ
満中陰法要に当って
南條文雄博士のこと
常に我が身を照すなり−仏は目の前に−
お迎えの話−如実知見すべきこと−
久留米騒動記
現代仏教読本「聖典 寿経」(冊子)−すくいの教え・無量寿経−
現代仏教読本「聖典 心経」(冊子)−さとりの教え・「摩訶般若波羅蜜多心経」−
仏教の立場から今日の医療に思う(講演)
命終る時(講演)
ある老人の生き様
母のこと−看取り十八年−
臓器移植問題検討委員会の歩み
臓器移植問題に仏教学会としてどう対応するか(記事)
初庚申−帝釈天詣で−

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