日帝の韓国併呑に対する韓国民の認識と対応
韓国併合前後の都市形成と民衆−港町群山の貿易・生産・生活−
日帝独占期における「古都・慶州」の形成と古跡観光
戦後期大邱の朝鮮人女子学生の学校生活−1937年の日記から−
金剛座のかたわらで
古代史をたずねて−インドの旅の魅力
巨石文化の地域的展開
古代デカンの政治地理−チャールキヤ朝の行政区分
統一新羅の郡県制とハイ江地方経営
王の神格化と大寺院の建立−チョーラ朝の試み
ヴィジャヤナガル王国の封建支配
世界に誇るデカンの雑穀農耕
イギリス綿布と村の手織工
地域社会の統合原理−ミーラース体制
イギリス人の見た南インド村落-地税制度の導入をめぐって
ドラヴィダ語の発見
インド言語圏論−ドラヴィダ言語学の立場から
小村寿太郎
十九世紀前半の天主教問題
高句麗大武神王観の変遷
林珪寿と洋擾
福沢諭吉の朝鮮観−その初期より「脱亜論」に至るまで
甲午農民戦争の歴史的位置
日清戦争下の日本の対朝鮮政策−朝鮮における日本の経済的「利権」↓
李朝末期における綿製品輸入の展開−貿易統計を中心に
日本の金本位制移行と朝鮮−日中両国の対立と抗争を中心に
朝鮮における近代学校の成立過程−1890年代後半期を中心に
甲午改革後の民族運動と崔益鉉
日露戦争下朝鮮における土地略奪計画とその反対闘争
土地調査事業史の一断面
新羅・聖徳王代の政治と外交−通文博士と倭典をめぐって
旧植民地(朝鮮)における日本人大地主の存在形態-石川県農業株式会↓
柳宗悦の朝鮮美術観
甲山火田民事件(一九二九年)について
朝鮮における志願兵制度の展開とその意義
太平洋戦争下における朝鮮人軍属−蘭印法廷における朝鮮人戦争問題
金鐘漢について
朝鮮人・中国人強制連行研究史試論
第二次世界大戦中におけるアメリカの朝鮮独立政策−国際的信託統治↓
近代化論を考える
植民地統治下の日本人の朝鮮語学習書
中学校歴史教育における朝鮮
朝鮮・世界・日本を串ざしに
辻堂海岸の一日
開拓団と現地の人びと
大陸孤児の問題
激動するアジアと日本
転換する米国のアジア政策
ベトナムと朝鮮半島
ソ連のアジア政策
中国情勢と日中交流
治安工作と県政の確立
多鈕鏡についての再検討
「太平御覧」所引の「魏志」−とくに朝鮮関係の記事をめぐって
高句麗王系列小考
高句麗莫離支考
「七支刀」銘字一考−櫛本論文批判を中心として
新羅官位制の成立
渤海の首領に関する予備的考察
第二次渤海遣日使に関する諸問題
渤海王権の一考察−東宮制を中心として
高麗朝外官の歴史的展開−防禦使を中心として
高麗時代の漕倉制について
高麗史食貨志外官禄条の批判
高麗の武人と地方勢力−李義旻と慶州
李朝初期における私的土地所有としての寺社田
東国正韻の史的意義について
林巨正の叛乱とその社会的背景
全羅道義兵について
朝鮮朝文化の二重性と小説
満州事変と民族協和
治外法権の撤廃と民族協和
対満外交の一断面
保境安民派の巨頭−王永江と于沖漢
満鉄の経綸
満州国と日本
経済の革新
幣制統一と通貨の安定
人民とともに国を築いた自治指導部
県民とともに祈る
忘れ得ぬ協力者たち
招民工作と県政の自力復興
傷痕の県政
「五族同邦」の県づくり
県参事官たりし日の想痕
蒙古と民族協和
建国運動を支えた興亜塾
協和会運動の理念と実践
建国と合作社運動
興農会長らとの忘れ得ぬ交流
文教の振興
荒野に眠る拓魂
鄭孝胥と駒井徳三
張景恵国務総理
諸民族をつなぐ文化運動
父子相伝の大陸精神
民族交流と「無」
段祺瑞の満州事変観
国共対峙下の同胞救出
ソ連軍侵入と国共紛争

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