千草忠顕 建武新政を謳歌した公家
新田義貞 鎌倉攻めの名将
結城宗広と親光 「公家の御宝」と「三木一草」
伊達行朝 奥州南朝の柱石
児島高徳 後醍醐奪還を図った謎の忠臣
武士の衣食住 和風への過渡期
足利直義 副将軍の政治理念
上杉清子 尊氏・直義兄弟の母
高師直 悪評とその原因
新田義興と義宗 武蔵野合戦の勇将とその最期
細川顕氏 直義党から尊氏党への豹変
一色範氏 苦節二十年の九州経営
山名時氏 六分一衆への道
賢俊 権勢比肩の人なし
夢窓疎石 七朝の帝師
光厳天皇 足利氏あっての北朝
吉田兼好 高師直の恋文
物理学篇
南朝の衰退 東国の戦乱と親房の戦略
室町幕府の成立 二頭政治の展開
観応の擾乱 足利方の大分裂
康安・貞治の政変 強大化する守護
猫山
義満の登場 南北朝合体と将軍権力の確立
後南朝秘史 南朝の壊滅
戦う武士たち 合戦の作法と手順
武器と戦闘法 武器の下剋上
城と館 在地支配の拠点
一揆する武士 在地領主の連合
北畠顕家 憂国の青年貴族
所領没収の不安 小武士の悲哀
村人たちの闘い 惣村と土一揆
遍歴する商人・職人 天皇の民
都の繁栄と京童 二条河原落書
跋扈する悪党 鎌倉幕府を脅かす
海賊と倭寇 十四世紀の海の民
対明貿易の開始 日本国王源道義
琉球王国の統一 環シナ海通商ルート
北山文化と芸能 日本文化の源流
宗教界の動向 民衆化への模索
後醍醐天皇 天皇親政への夢
護良親王 尊氏打倒の執念
日野資朝 正中の変の首謀者
文観 邪法の祈祷僧
京極為兼 因襲に立ち向かった歌人の悲劇
南北朝遺文 九州編 6 元中・至徳二年−元中十二年
令旨の書き止め文言−懐良と護良
尊氏は九州を知らなかったか
思想史研究と古文書
南北朝遺文−九州編−の刊行に当って
九州南北朝研究史序説−大正期まで−
無年号文書月日順文書目録
新田義貞と足利尊氏−佐藤和彦さんの思い出と重ねて−
常陸国真壁氏と得宗政権に関する研究の現状
木版刷りの奉納状
書状からみる南北朝の戦争
入間河公方府と武蔵国一揆
南北朝期の惣領
「黄梅院文書目録」にみる上総所領について−佐貫柿谷名をめぐって−
「大宮家文書」の「関東執事」発給文書
応安七年香取社神輿の鎌倉動座と重書案
「南北朝遺文」の意外な効用
石塔義慶と観応の擾乱
「面付」をめぐって
太平記
太平記への手引き
太平記とその影響
内乱のきざし 両統迭立と反幕勢力の伸張
後醍醐の復権 元弘の乱と幕府滅亡
公武水火の争い 建武新政の挫折と尊氏の離反
南北朝の分裂 一天両帝
南北朝期における安芸内藤氏の動向
尊氏と中国・九州
「阿波山岳武士」と南朝文書
恵鎮と周防国
備前国一宮社法について
「南北朝遺文 九州編」の発刊に寄せて
薩摩の在国司
南北朝遺文 九州編 1 建武元〜延元3年,建武5,暦応元年
菊池氏と阿蘇氏−国司と国上使−
雑訴決断所廻文について
南北朝遺文 九州編 2 延元4,暦応2年〜正平2,貞和3年
安楽寺領注進目録(南北朝遺文九州編3340号文書)について
寺院と山城−豊後国玖珠城の場合−
少弐頼尚の足利直冬与同期について
南北朝遺文 九州編 3 正平3,貞和4年〜正平9,文和3年
大友貞載下知状(南北朝遺文九州編274号文書)について-「使節」考-
凡下の戦力
南北朝遺文 九州編 4 正平10,文和4年〜建徳元,慶安3年
日向・薩摩と今川氏兼・貞継−探題今川氏九州支配末期の一こま−
深堀家文書の原状について
無年号文書の年号比定
南北朝遺文 九州編 5 建徳2,慶安4年〜元中元,至徳元年
青方文書の世界(1)
「文治」記録所の一史料
「嫡子」と「長男」と「家督」(1,2)
旗を揚げること
台湾人を忘れるな
筑後田代文書として伝来した和泉上村文書について
関東御免津軽船二十艘(上,下)

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