都市史のなかの山科寺内町
寺内町の展開と山科本願寺
蓮如と山科
山科本願寺・寺内町の様相−蓮如の時代とその後−
考古学からみた山科と山科本願寺
城郭研究からみた山科寺内町
桐渓和上の思い出
山科盆地の村々と本願寺
山科本願寺・寺内町跡の近世・近代
山科寺内町の歴史と研究
蓮如隠居所南殿と光照寺
越前における真宗の発展
大町専修寺の成立と変遷
法華護摩偈文
大坂石山寺内町の空間構造
大坂石山本願寺の殿舎について
近世本願寺寺内町の構造
天満の成立−摂津天満本願寺寺内町の構成と天満組の成立過程−
中世京都法華「寺内」の存在−六条本国寺を中心として−
解説
研究ノート 真宗史からみた寺内町研究
吉崎における中世的景観と近世的景観−絵図を通してみた−
中世城郭伽藍“山科本願寺”−その歴史考古学的考察−
枚方寺内町の構成と機能
歴史地理学からみた寺内町の性格−八尾の三つの寺内町を比較して−
蓮如と女性の救い-覚え書き
富田林寺内町の成立と展開
在地寺内町の空間形成−河内国石川郡富田林・大ヶ塚寺内町を事例として−
近世寺内町の性質−特に和泉国貝塚寺内町について−
寺内町今井について
中世「町場」の形成と展開−近江国堅田を事例として−
横越証誠寺の成立と出雲路毫摂寺
寺内町の性格
寺内町の建設プラン
寺内町の形態の類型とその変容
一向一揆
畿内寺内町と一向一揆−戦国末期の摂河両国を中心として−
統一政権の成立
織田権力の寺内町政策−関連史料の検討を中心として−
寺内町富田林の成立と構造
畿内寺内町の形成と展開について
寺内町都市法の構造−「大坂並」の経済特権と領主権−
解説
一向一揆門徒と融即律的思考
研究ノート 中世集落論からみた畿内寺内町の空間構造の位置付け
山科寺内町の遺跡調査とその復原
戦国期の山科郷民と山科本願寺・朝延
石山本願寺寺内町に於ける本願寺の領主的性格
石山本願寺寺内町に関する一考察
摂津石山本願寺寺内町の構成
小説・蒙古来たる
天文の畿内一向一揆ノート
中世における誓詞の一形態−中世本願寺教団の誓詞−
本願寺教如の教化伝道について
近世寺内町の一様相−大和高田御坊と高田寺内町−
伊賀上野城下の真宗寺院
本願寺文化形成の一考察−謡初・七夕花・盆灯籠を中心に−
鹿児島藩の宗教政策と本願寺門徒取締まりの様態
能化功存時代の学林管見
法照寺法教改派引戻事件の考察−東・西の関係文書の検討−
厳護録の思想
御文三帖目の思想史−一向一揆と六字釈−
近世後期西本願寺における教団活性化運動の一形態−宗祖降誕地の開発をめぐって−
明治期の真宗教学史序説
ルンビニ学園の設立と活動−京都東七条の部落改善セツルメント−
花岡大学氏の小説創作過程−「かにぼとけ善太郎」−
蓮如の道−寺内町の形成と展開−
一向一揆の政治思想−「仏法領」について−
中世末寺内町の発達
蓮如に学ぶ-真宗再興への鍵
本願とその適応-蓮如の遺したもの、そして現代の私たちのいくつかの↓
「歎異抄」と蓮如
御文の位置
蓮如の称名報恩思想
仏法と王法-親鸞聖人と蓮如上人の願われた国
蓮如における信仰主体の問題-同朋精神と獲信の勤め
真宗・再興
蓮如上人の祖聖観
親鸞の一切経校合
新知見の親鸞真蹟道綽伝について
恵信尼の下妻での夢に関する考察
鳥辺山
蓮如教団の構造と戦国期社会−「惣村」の身分と真宗寺院−
中世一向宗の善知識観
名号本尊の一事例−高僧・太子像を描く九字名号−
石川の太子信仰と真宗
下間頼慶の笠袋・鞍覆許可をめぐって
本願寺本「私心記」について
真宗教団と蓮如
イエスズ会史料の一向宗
キリシタンの世紀における真宗(一向宗)の一様相-異文化に描写された民衆教団-
親鸞と蓮如-浄土の原理開明
信心と掟-お文二帖目の思想史
蓮如と白骨の御文-「和漢朗詠集」をめぐって
「寛正の法難」について
御文の文章表現
「お文」の解釈をめぐる諸問題
蓮如伝の展開-縁起・絵伝・説話
「御文」の「連歌」-「吟唱詩」的性格-グローバルな念仏文化試論
海外の蓮如研究一瞥−英訳された「御文」

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