戦国期本願寺教団の法物考
満州布教の侵略的諸相-真宗大谷派ハルビン別院機関紙「願海」の記事から-
真宗思想における「否定と肯定」
総力戦下の戦時教団体制の形成−西本願寺教団の場合−
親鸞消息理解の再検討(1)-親鸞から性信へ そして高木顕明・木下尚江へ
近代の仏教と「慈善」
親鸞−その人間像−
願生の心
教団の活力更新と青少年指導
老いの問題について
真宗における「非僧非俗」の問題
聞法・伝道における峻厳さと柔軟さ
真宗念仏者の反省
真宗に於ける読経の意義
浄土教の倫理性
同朋の社会とその意味
存覚上人における祖先崇拝と先祖供養
浄土真宗の現生利益論
信心・生活・福祉
本願寺と京の町衆−亀屋宗富をめぐって−
近世前期本願寺における本末制の再編成
近世前期寺領継目朱印の歴史的性格
近世前期の諸人教化における禅的思惟について
本願寺坊官下間三家の断絶と再興
真宗流共同体規制について−小寄講(講中)の考察から−
維新期薩摩藩の宗教政策と真宗の解禁
教部省行政下の民衆教化と「文明開化」
明治初年における文教政策と仏教−特に神官僧侶学校の設置・廃止をめぐって−
清沢満之における“絶対の探求”
部落改善事業とその周辺−佐賀県水平社成立前後を中心に−
西本願寺一如会の設立事情
親鸞の六角堂夢想について
二十五三昧会の念仏とその課題-念仏における普遍性分析のための試論-
平安時代における宗教的実践
「殿暦」所載大般若経供養の考察−百日と推定される法会−
釈文「宗祖荼毘所延仁寺聚説」
「本願寺」教団の成立と往生信仰の変容について
初期本願寺における真宗信仰の変質について
真宗思想史における「末法燈明記」の受容をめぐって−「真俗二諦」論、形成過程の視点から−
騒がしい教室での文学鑑賞
国語の授業から−定時制生徒に学ぶ−
切り捨ての流れの中で
親鸞の国家社会観研究史の問題点−自己批判としての古典研究の課題−
念仏弾圧事件と親鸞−消息集の解釈をめぐる問題点−
法然の善人意識から親鸞の悪人意識へ−伊藤氏の論に対する問題提起−
親鸞の思想形成における漢文作品の位置
親鸞文学の誕生−和文作品(修士論文より)
親鸞の太子和讃についての一考察−七十五首和讃に現われた理想国家への指向−
親鸞の思想形成における語録の位置−「歎異抄」第七を中心に−
現在の親鸞 現代に生きる課題
大拙の親鸞 「日本的霊性」をめぐって
蓮如の親鸞(抄) 親鸞思想の通俗化
新新宗教は明日を生き延びられるか−幸福の科学、統一教会、オウム真理教
「原理講論」の世界
「生死を超える」は面白い
戦国期本願寺直参考
「天文日記」中の内儀と年中行事
戦国期における九州の真宗−裏書から見た二豊の寺院−
本願寺准如代替に関する誓詞について−本願寺教団の誓詞に関する一様相−
業について
良源『九品往生義』の一考察
『元亨釈書』と『三国仏法伝通縁起』
歴史批判としての親鸞の〈悲嘆〉について
本願寺御堂荘厳の変移
新出・西田瑞泉寺蔵『高城縁簿』考
1891年、パリの報恩講
A STUDY OF FIVE POPULAR COMMENTARIES ON THE HEART SUTRA
蓮如上人御詠歌英訳(1)
親鸞の現世観と浄土観
海の風光−親鸞の越後流謫−
親鸞と海夫
親鸞と「犬神人」
親鸞と屠児往生説話
親鸞と女性
親鸞と鋳物師−念仏集団を支えたもの−
善人意識から悪人意識へ−法然と親鸞−
中世被差別民の装い
古代・中世の猟漁民
殺生・肉食を善とする説話の成立
下総国湖沼地帯の親鸞集団
見捨てられた親鸞門弟史料−「交名牒」西念寺本の価値−
商人と鎌倉仏教
敬いと差別
『御一代記聞書』の国語的検討−日本イエズス会刊『日葡辞書』を手がかりにして−
念仏と咒術−聖冏・蓮如・真盛の場合−
蓮如教学における「たすけたまへとたのむ」の思想背景−一条流『三部仮名鈔』を中心として−
仏教の人間論−〈SATTVA〉の意味するもの−
指方立相考−ゴードン・カウフマンの浄土教批判に応えて−
「阿弥陀仏」と「法蔵菩薩」の関係について−比較文化論的な一考察−
往生と成仏−現代教学への試み−
無量寿経における念仏思想
「無量寿経」における救いの構造−法蔵説話の神話学的考察(2)−
阿闍世の救い−王舎城の悲劇−
『観無量寿経』における菩薩と衆生
親鸞と女人往生
『十住毘婆沙論』と『十地経論』
論註法界身釈の訓みと意味
曇鸞における第十八願受容の考察
親鸞の著述に見える中国思想
善導浄土教における般舟三昧説について-「観念法門」成立問題に関連して-

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