別時意論争と是報非化論
華厳十重唯識説に関する一考察
初期真言教団形成上の問題点
普遍の原理−〈いのち〉の絶対平等性−
〈私〉を超える〈いのち〉
人間回復への道
作家の得度−愛と死を見つめて−
〈生死〉と〈善悪〉を見つめて
『歎異抄』の人生学
〈いのち〉の光に遇う
『教行信証』「教巻」大意
往生浄土教の確立−「顕浄土真実信文類」の地位−
親鸞の還相回向義について
親鸞における大信の世界−信の普遍的性格の回復−
親鸞における罪悪の問題
親鸞における往生の問題についての私見
親鸞聖人における往生と成仏−松野純孝博士の『親鸞聖人における往住と成仏』に就いての疑問−
悪人往生の「願海」世界−現生正定聚論としての「転」と「証」を中心に−
親鸞のライフサイクルと人間関係
初期真宗における善知識論の一形態−『還相回向聞書』をめぐって−
蓮如の「無我」考
蓮師教学の中心問題−特に称名報恩の現実的意味について−
『御文章』にみる真仮論
版本の御文章について
仏教における死の概念
宗祖教義における往生と成仏
教育原理としての仏教
凝然の禅宗観に関する一考察
法式随想−葬儀についての考察−
語ること・感ずること
ガン告知のはざまで
『御文章』の論理
『顕浄土真実教行証文類』の根本問題
『往生要集』の序文について
三厳二十九種について
試訳『普賢菩薩行願讃』
本願における「逆謗除取」について
浄土の一考察 4
澄観の『華厳経』宗趣説について
ハワイ開教区を巡回して
自信教人信と学仏大悲心
聖典翻訳、その背景に関する一考察
西方の浄土と己心の浄土
すくい−御文章に学ぶ−
なぜ名号による救いなのか
大宇宙の創造−そこに存在する私−
親鸞聖人の宗教批判 その2
鎌倉期にみられる唯識教学の展開
『歎異抄』奥書と蓮師について
良き師にお遇いして
真の道に生きる
親鸞聖人を仰いで
伝道初心者の心得
メキシコに仏法ひろまれ
『教行信証』の思想形成とその背景
宗祖の和讃考
浄土の一考察 2
現代真宗教学におけるアポリア
還相回向考
初発心の頃
米国の病院におけるケア実情
無量寿経作法 ビデオ撮影台本
中国求法の旅
親鸞聖人の宗教批判 3
下剋上時代の本願寺の動向に関する私論
勤行雑記
伝道要心集
宗門における人材養成の研究
同朋運動学習の課題と原則
顕如上人とその時代
自由の主体−親鸞聖人における“宿業”の思想−
業・宿業問題の課題と展望
親鸞聖人に映じた聖徳太子
親鸞教学と蓮如教学の間 その2−蓮如教学への批判に対して−
現益論−正定聚の意義−
新・十玄法門考 続
改邪鈔に見た真宗の伝道
浄土の一考察
親鸞教学における末法思想の意義
歴代院長を偲ぶ記
中央仏教学院との御縁
伝道実習について
勤式実習について
建学の精神とその具現化について
「真俗二諦論」について
真宗文化と禅文化(第15回 光華講座)
薩藩真宗禁制下における安心の諸相
部落解放運動に対する「悪平等論」について
親鸞の「信」−そこに現前せる釈尊−
『バガヴァット・ギーター』における神の概念
現代社会と宗教
聖人の生涯を偲ぶ
祖堂を仰いで
十年間の思いを将来にたくして
晴れた日には永遠が見える−現代に伝える仏教−(第36回 光華講座)
今ならブッダは何を語られるでしょうか?(第37回 光華講座)
原田直政の大和国支配
「平家物語」にみる死の受容−第38回光華講座
平安仏教から鎌倉仏教への展開−「今昔物語集」の仏教説話を通して−第39回光華講座
本当の宗教教育を求めて−真宗教育論序説−

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