平松令三先生古希記念論集に寄せて
平松先生のますますの御活躍を願って
平松令三先生略年譜並著作目録
輪の呪力−埴輪から茅輪まで−
敏達紀と日羅の伝承
長屋王邸出土木簡に関する二、三の考察
戒師招請をめぐる史料的考察
東寺領伊勢国川合・大国庄とその文書
仏教救済事業の史的分析について
擬郡司制成立に関する一考察
蔵王権現信仰の伝播について
放光顕真館
『中右記』における百日講説−『法華百座聞書抄』理解のために−
女性名に関する一考察−平安〜鎌倉前半を中心に−
貞慶をめぐる人々
無明を破るの書
愚禿の述懐
『歎異抄』第十三章とペラギウス論争
親鸞思想の史料批判−再び二葉憲香氏に答える−
親鸞と商人
親鸞聖人の遷化をめぐって
我と汝
明治期の仏教青年会運動 上−大日本仏教青年会を中心として−
学国越中の人脈
空華学轍の学説
尺伸堂学派の学説
親鸞聖人の人生観
宗教的理性の可能性−ティリッヒの理性概念をめぐって−
苦悩と教育−阿闍世王の物語から−
丹砂と犬の子−東亜産育儀礼考−
近代における宗教主体の問題−清沢満之の場合−
西田幾多郎のロマン主義−近代日本知識人の自由意識−
親鸞の光明観−浄土教の伝承を鑑みて−
法然門下の菩提心観
哲学と宗教について
真宗実践論考−倫理への関わり−
幕藩制国家における宗教諸政策
親鸞入門
仏光寺の寺僧六坊−仏光寺先規作法記録−
近世初期の坂東報恩寺
江戸期臨模本にみる坂東本教行信証の錯乱
近世寺院本末制の再検討-大和国本願寺派を中心として-
近世における天台宗妙法院門跡の御家頼
浄土宗名越派寺院組織−檀林専称寺とその末寺を中心として−
『親鸞聖人正明伝』の成立
伊勢・志摩国における近世の産土神
奥熊野長島浦における蛭子講について
靖国から問われる教学と教団
私の靖国闘争記
私の居るところから
教学の戦争責任−近代真宗教学史の敗北状況を問う−
真宗的課題−「靖国」問題とは真宗者にとって何であるか−
社会課設置理由書
融和問題の諸相と宗教
大谷派真身会会則
人間復興(序)
開眼
宗教改革と宗教再建(序・あとがき)
真宗教団のありかた
南無阿弥陀仏とは
日誌抄
武内了温著作目録
武内了温略年譜
親鸞教義における普遍性と特殊性
近世真宗教学史における信解釈の問題
授記を通してみた親鸞教学の特色
行信問答
親鸞聖人における王法と仏法−「化巻」を中心として−
『教行信証』序説−親鸞の「信」の構造−
法然より親鸞における諸行廃捨の展開
親鸞の仏道観
覚如における悪人正機説の展開
親鸞の罪業論−その根拠と超克の論理−
阿弥陀仏の浄土−阿?d仏との比較において−
親鸞における「真実性」の問題−信心の自己確認について−
親鸞における実践の論理構造
人間とは何か
本願の救い
私の歩んだ道
生死出づべき道
真宗の安心について
彼岸への道
念仏のこころ
昨日まで・今日から
現代と宗教
まなざしの譜
『歎異抄』の世界
自然
念仏のこころ
響きを聞く
生命の不思議について
自力から他力への道
法然上人と親鸞聖人
人生作法
心すでにつねに浄土に居す
親鸞の宿業観
罪をけしうしなわず善になす
宗教に学ぶ
念仏と平和−念仏者の社会的課題−
現代の日本社会をどうとらえるか

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