宗学の基調
弁阿聖光作「円戒秘決己証」に就いて
浄土宗布教に関する法洲の所説
正源明義鈔の原型について
浄土宗学上の未伝稀覯の鎌倉古鈔本
如来蔵の二面観に就いて
天台性悪論
完全清浄極楽国土誓願
仏駄跋陀羅の入震に就いて
世親論師の仏身論
親鸞聖人唯信思想の一考察
法然門下に見る曇鸞教学の受容−隆寛・親鸞の教学的特色−
親鸞教学の思想構造と本覚思想−法然教学との関連−
法然と親鸞の教説の歴史的意義
法然浄土教における「菩提心」について−『選択集』における菩提心論議の射程−
法然における諸行と念仏
浄土三部経とその境界−「選択集」と「逆修説法」を通して−
聖覚と親鸞
隆覚教学における生因三願観について
法然と親鸞の三心釈の展開
法然と親鸞における歓喜について
法然と親鸞における五念門観の研究
親鸞教学における法然不回向義の受容
アメリカにおける浄土真宗とその将来
滅罪と除障の研究−善導・法然・親鸞について−
法然と親鸞における懺悔の一考察
法然と親鸞における弥陀仏土観の研究
法然関係論文目録(戦後)とその解説
問題提起
往生と成仏
歴史的宗教の哲学的研究と歴史学的研究の媒介の意義−三木「親鸞」と服部「親鸞」の断裂と交錯−
史的唯物論の宗教観の再検討
思想史の軸と民衆思想
法然浄土教の歴史的意義と課題−親鸞思想の“普遍”性の意味と歴史性の関係から−
正統派浄土教の民衆展開の方法と論理−「沙石集」の歴史的位置と思想構造−
津戸三郎における浄土教信仰−東国武士の生活思想と信仰の物語的再構成の試み−
熊谷直実(蓮生)における浄土教信仰−民衆の生活思想と法然浄土教の魅力と乖離−
悪人意識の逆説的受容の生活構造的基礎−民衆世界における臭穢空間の成立−
浄土教受容による殺生=悪人観の浸透とその両義性−山野開発と殺生禁断思想−
鳥尾得庵居士の訃に就て
法然浄土教民衆化の直接的思想化−一遍浄土教の思想構造と思想史的意義−
法然浄土教民衆化の批判的思想化−非僧非俗論の二重性に見る親鸞浄土教の思想構造と思想史的意義−
法然浄土教の理論的純化と民衆意識からの乖離−親鸞における信仰の“脱魔術化”の両義性と民衆的背景−
法然教義より親鸞教義への継承と展開
卍卍の妙味
親鸞に於ける教判論の宗教的意義
『歎異抄』にみる人間の問い
他力行信の無所得性について
歎異抄の「ただ念仏」「ただ信心」
自力念仏・他力念仏
親鸞における罪悪思想の一考察
親鸞における「悪人正因」の思想
親鸞における真実と俗(仮・偽)
戦時教学の論理構造
戦時教学とその時代背景及び責任の問題について
親鸞の対人的態度と人間観
真宗教学における戦争責任の問題
教学における「論理」と「時間」の問題
現代の伝道教化とカウンセラー的態度
法然聖人における一念多念の問題
オリエンテーション
親鸞における救済の性格
宗教の言語−キリスト教の場合
法然浄土教における救済について
キリスト教における人間の救いの理解
親鸞における救済の意味
他力主義と自力主義
廬山慧遠と曇鸞との思想関係
「往生論」と「往生論註」との関係について
曇鸞大師の仏身論
曇鸞大師の浄土観
曇鸞大師の往生思想
曇鸞大師の廻向論
曇鸞大師の名号観
「論註」における曇鸞の特異点
自然虚無之身について
実相身、為物身について
浄土の三界摂不摂について
指方立相論
曇鸞大師の御伝記を拝してその浄土帰入と布教教化を偲ぶ
曇鸞・道綽両師の布教伝道の態度について
善導大師の教化伝道について
信楽峻麿教授略年譜・著作目録
親鸞における信と時
『大無量寿経』と『教行信証』
浄土教の展開と親鸞
浄土教における往生行の研究
懐感の願生思想
源空讃素材の史料について
親鸞思想における宗教倫理の基底理念
信における変革の問題
称名念仏
近世・近代浄土教者の宗教体験
浄土教の思想史的定位
自力と他力
善導−法然における至誠心について
法然における決定往生の思想と構造
法然から親鸞へ−他力思想の展相−
親鸞における宗教的実存の展開−「三願転入」を中心として−
親鸞における遇の概念

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