喜春庵の観音像と其頭髪に就いて
醍醐寺の粉本図像(上)
県社久津八幡神社拝殿と国幣小社水無神社本殿勾欄と
四天王寺発見の瓦に就いて
南都七大寺巡礼記の述作年代に就いて
勧修大経蔵の典籍
松生院本堂と梅田釈迦堂(上)
仏像発生問題より見たるマツラー派の彫刻
日本寺院史雑攷(1)
仏像新図彙
止車館雑録
招提寺釈迦胎内納入文書(招提寺資料1)
中宮寺曼陀羅に関する文献
大覚寺の山楽
古尺八に就いて
写楽の「大童山土俵入図」に就いて
仏像新図彙・阿弥陀如来(中)
松生院本堂と梅田釈迦堂(下)
陸軍寺の仏像
法隆寺金堂阿弥陀像に関する文献
招提寺釈迦像胎内納入文書(続き)
文人画−南画より文人画への推移
神護寺の仏像
名古屋付近の漆芸
当麻曼陀羅は絵?刺繍?織帳?
戒律伝来臆説(後)
朝鮮紀行−五台山月精寺 附上院寺
朝鮮安堅の夢遊桃源図
興福寺の天竜八部衆と釈迦十大弟子像に就いて
仏像新図彙・阿弥陀如来(下の一)
日本寺院史雑攷(二)
「南都七大寺日記」述年の年代を論じて法隆寺金堂四天王の移入に及ぶ
夢殿秘仏と中宮寺本尊 其一
道明寺の十一面観音
文人画−近世の文人画
天竜寺所蔵の星曼陀羅図に就いて
久米田寺所蔵の星曼陀羅に就いて
可無流知 16−慶州ところどころ
北京天寧寺の宝塔
ル・コックのトゥルファン発掘品と支那巨匠の画風
本邦上代塔基仏像の研究
漢金銀錯青銅戟
浮嶋十三重石塔の供養納入遺物
戒律伝来臆説(上)
近江滋賀里崇福寺の唐阯
雲崗石窟に関する芸術論 上中下
神道文化の淵源−日本的美の観念の発生
紹興出土の二三の飾壷
久米田寺所蔵の仁王経曼陀羅図に就いて
戒律伝来臆説(中)
近江滋賀里崇福寺の唐阯(下)
後小松天皇とその聖徳の御一端−香川県多和文庫奉蔵の宸翰に関連して
神像彫刻の特質
後宇多天皇御像
雲谷派画家資料
可無流知 17−慶州ところどころ
支那建築史上より見たる法隆寺系建築様式の年代
歌舞伎成立史に於ける基礎的事実
支那の紀年銘ある古鏡に就いての雑記
久米田寺所蔵の両部曼陀羅図に就いて
宗教芸術の特色
法隆寺金堂の四天王像
明王院赤不動画像の一考察
藤原鏡の発生に就いて
泉殿釣殿の研究(中)−泉殿に就いて
泉殿釣殿の研究(下)−泉殿に就いて
飛鳥時代雑感
平安京宮城指図に就いて
支那風の美学思想
黄鶴山樵王蒙
哥麿私抄
支那絵画の創始者−故内藤湖南博士の一遺業−
可無流知 13−慶州ところどころ 4
松栄画に関する研究
快慶作東大寺僧形八幡像に就いて
支那絵画史の創始者(下)−故内藤湖南博士の一遺業−
可無流知 14−慶州ところどころ
河南省彰徳府外侯家荘−古墓群の概観(上)
狩野芳崖に就いて−明治初期絵画の方向
近世初頭の民政−我国封建制度の完成に於ける農民政策の動向に就いて
可無流知 15−慶州ところどころ
飛鳥時代の国家意識
河南省彰徳府外侯家荘古墓群の概観(中)
遼代の瓦當文に就いて−興安西省発見遼代古瓦の研究一
花行仲仁の序 下
玄証阿闍梨に関する二三の問題に就いて
金地院の惟康親王御願文に就いて
石原家の海北友松筆屏風画に就いて
河南省彰徳府外侯家荘古墓群の概観(下)
菱田春草
新羅の皇龍寺九層塔に関する一考察
不動明王の芸術的意味−特に青蓮院不動像について
希臘芸術管見
口遊に見える三大仏
伝長沙出土の木彫怪獣像
雲崗石窟随想
可無流知 10−慶州ところどころ(1)
仁和寺阿弥陀如来三尊像に就きて
天壽庵に於ける長谷川等伯の画蹟
羅稚川の雪江浦図に就いて

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