近世弥勒信仰の一面
嵩山のミロク信仰
御霊会の成立と初期平安京の住民
わが国における怨霊信仰と「大般若経」の関係について-庶民仏教史としての一試論−
御霊信仰の成立と展開−平安京都市神への視角−
『祇園牛頭天王縁起』の成立
祇園社の御霊神的発展
御霊信仰と水神信仰
御霊信仰の成立と念仏
御霊信仰研究の成果と課題
武州御嶽の成立
御嶽信仰の成立と御嶽講
出雲鰐淵寺の蔵王信仰
御嶽信仰の研究成果と課題
妣なる山
大和のダケ信仰
竜門寺についての一考察
古代の吉野と山林修行
修験道の成立と御嶽信仰
藤原道長の経塚
金峰・大峰の遺跡と遺物
蔵王権現像と金剛童子像
稲荷社の起源
稲荷社の分祀について
稲荷縁起絵について
お塚の信仰
稲荷と狐、稲荷の絵馬
稲荷信仰の研究成果と課題
菅公と天満宮
北野神社鎮座の由来管見
平安時代の怨霊思想
『北野天神縁起絵巻』について
天神信仰の表現構造−『北野天神縁起』成立前後−
天満天神の信仰の変遷
渡唐天神思想の源流
天神信仰の遍歴
寺小屋における天満天神の信仰
北野信仰と連歌
『北野天神縁起絵巻』から『てんじん』まで
天神信仰の研究成果と課題
怨霊から御霊へ−中世的死霊観の展開−
平安時代における怨霊の思想
御霊信仰の成立と展開−信仰の支持階層を中心として−
入鹿誅戮
八幡神の発生
八幡信仰の二元的性格−仁聞菩薩発生をめぐる史的研究−
十世紀に於ける「中世的神祇」成立史の一齣
中世八幡信仰の一考察−『八幡愚童訓』の成立と性格
武士と八幡宮
八幡信仰と仏教
八幡神の習合的成長
八幡神と仏教との習合
宇佐神宮の起源と発展
石清水八幡宮創祀の背景−九世紀前後の政治動向を中心として−
八幡縁起の展開−『八幡宇佐宮託宣集』を読む−
石清水放生会の国家的位置についての一考察
八幡信仰の研究成果と課題
稲荷信仰のはじめ
稲荷信仰の歴史的展開
稲荷信仰普及の民族的基盤
稲荷信仰の浸透と民衆
江戸の稲荷
稲荷信仰の諸相
日蓮宗の稲荷信仰−池上本門寺長栄稲荷の場合−
漁村における稲荷信仰
座談会 いま、日本宗教史研究を考える
座談会 いま、日本宗教史研究を考える
森有礼における「文明」と宗教
日本フレンド伝道の研究−初代宣教師ジョセフ・コサンドを中心に
奈良時代の定額寺制度について−寺院墾田との関連で
近代真宗寺院の寺檀関係について−奈良県における廃合政策と興正寺別派独立をめぐって−
戦後新宗教の山村社会への伝播・浸透・定着過程−三重県円応教飯南教会の事例
天武十四年の詔の再検討
初期伊勢神宮の信仰と道行の知識経
伊勢神宮の成立と古代王権
古代伊勢神宮の信仰と性格
伊勢神宮と武家社会
鎌倉時代の神宮参詣記
伊勢神宮御正躰−叡尊の参宮と蒙古調伏に関連して−
天照大神の雨宝童子−朝熊山の信仰を中心として−
中世における伊勢神宮神職団
『仙宮院秘文』の研究
伊勢神宮と仏教
伊勢の神をめぐる病と信仰-室町初中期の京都を舞台に-
京都の神明社
古代・中世における伊勢信仰の研究成果と課題
東国横口式石槨考
古代水神祭儀・呪儀に関する墨書土器・刻書土器考
土佐の題目式笠塔婆について
富士塚考
奈良時代写経の一考察−特に在地豪族を中心に
研究ノート・巡礼研究の現況
中世初頭南都仏教研究小史(上)
“日本の道教”研究八十年
中世石清水八幡宮における浄土信仰−本地阿弥陀仏説を中心に
中世寺院の一存在形態−敦賀西福寺の事例
中世浄土宗研究小史
中世禅宗研究小史
「一遍聖絵」と「一遍上人縁起絵」-聖戒と真教の間に本当に対立があったか−
現世と冥界−地蔵の救いとの関連で−

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