昭和恐慌と大道重次の新農村
インド大乗仏教から浄土真宗へ一貫する究極の真実
ゴータマ・ブッダの原体験とは
仏像の出現と大乗経典運動(原題:仏像の出現をめぐって)
浄土はどこにあるか−講演録−
親鸞聖人の根本の宗教体験について−講演録−
「御文」にみる専修念仏言説の一特質
蓮如の善知識観−中世新宗教学における教導者観の展開
天文期加賀における「超・本両寺体制」の再検討−超勝寺の動向を中心に−
北方地域と浄土真宗
SHINRAN’S HERMENEUTICS OF ENTRY INTO RELIGIOUS AWARENESS
SHINRAN’S REJECTION OF DEATHBED RITES
ESHINNI IN THE HISTORY OF SHIN BUDDHISM
ZONKAKU,ESTABLISHED BUDDHISM,AND THE CULTURE OF LEARNING:DEBTS,TRANS-LINE AGE STUDY,AND THE CREATION OF PURE LAND BUDDHIST”SCRIPTURE”IN THE FORTEENTH CENTURY
親鸞伝の新展開
真宗教化の現場における言語
「選集抄」にみる仏教説話の教化性について
人間働きについて−その関係・構造及び展開−
真宗人の社会関与考
「比良山古人霊託」の善念と性信
清沢満之の墨蹟について
大谷大学図書館楠丘文庫蔵「親鸞聖人御因縁」翻刻及び対校表 1,
「阿弥陀経」における「七重欄楯・七重羅網・七重行樹」について
真宗仏教と現実社会−宗教的生命の回復を求めて(真宗大谷派を通して)−
日本における生命倫理教育事情
講社の変遷
親鸞の東国伝道
精神主義の受容と展開−同朋会運動の精神−
親鸞の廻心−古田氏説再批評−
親鸞聖人の現世利益和讃と現生十種益
坂東本教行信証の東本願寺流伝
綽如と堯雲について
教如上人伝に関する一考察−石山退出後の動脈をめぐって
任誓および任誓派について
「泰澄和尚伝記」の成立
播州問答集私考鈔
ふるさとおもいの先生
公明正大、野心のない大導師
教団の恩徳
無位の真人
善悪の生死
因縁に思う
正念に住す
知る者、知らるる者
おわかれのことば
寺社造営「本願」研究の現状と課題
近世仏教文化文献の基礎的研究
大谷大学図書館蔵「越後蒲原郡小女感応記」について−略解題と翻刻−
大谷大学図書館蔵「小野六帖事」について−付翻刻−
大谷大学図書館蔵「伊勢物語勧請」について−付翻刻−
教団の実践としての教化−大谷派の同朋会運動−
願生浄土
行信から行証へ−真宗仏道の積極性−
本願の仏地
親鸞の「信」と道元の「信」
楊仁山と小栗栖香頂−特に真宗七高僧に関する論争について−
浄土教の基盤−末法思想の意味するもの−
播州問答領解鈔
仏教の基本的視点の一面について
禅と哲学−西田幾多郎先生の場合(序)−
西田哲学における〈無〉の思想の一考察
宗教における無我と「我」の主体性−親鸞の場合−
WILLIAM BLAKEの世界
ホワイトヘッドにおける神の問題
民主主義と比較哲学
御文章玄義
大無量寿経玄義
正信偈要関
仏性論
法雷聞記
英文仏陀伝「世界の光」
英文歎異抄竝に讃歌
本願成就文奥義
本典大旨
六字釈提要
本典十玄門大綱
曽我深量先生を憶う
願心の表現的自覚として信の確立
禿氏の裔
曽我深量先生
帰命と願生
仏教東漸のきざし
昭和の妙好人をご縁として
無限大に重い責任と使命
一遍上人語録諺釈
親鸞における「往生」と「成仏」について
自然法爾章の研究
親鸞における超越的なるものについて
親鸞の夢−六角夢想について−
「如」の意味−親鸞聖人の場合−
親鸞における内在と超越の問題
親鸞の共同体についての試論
浄土教の菩提心
不断煩悩得涅槃
中世における民衆のファンタジー
仏教文学における対象と方法の問題について
『とはずがたり』の宗教
『方丈記』の遁世往生思想
主体的認識と状況的認識−『発心集』と『沙石集』の思想的比較
小栗了雲事蹟考

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