念仏は救いの条件ではない
お浄土を信じる
念仏は阿弥陀仏が称えさせてくださる
すべてを阿弥陀仏におまかせする
親鸞は日本人の精神的「故郷」である
対談・親鸞は今もわれわれの傍にいる
分水嶺
親鸞が生きた時代
若き学僧「愛欲の広海」に苦悶す
流刑の地で見た「阿弥陀の大慈悲」
わが子の裏切りと念仏者の悲しみ
『正信偈』生きることの意味を問う百二十句
『和讃』『消息』が告げる平等への願い
心を高く悟りて俗に還る
いま噛みしめる「人間はみな平等なり」
左遷のときに聞いた『歎異抄』の声
地獄こそ私の安住の地である
讃仰私記
天親菩薩和讃講話
曇鸞大師和讃講話集
善導大師和讃講話集
源空上人和讃講話集
夢告和讃講話
正像末和讃講話集
恩徳讃講話
仏智疑惑和讃講話集
聖徳太子和讃講話集
教行信証 上下
浄土文類聚鈔
入出二門偈頌
愚禿鈔
四十八誓願
浄土三経往生文類 略本
浄土三経往生文類 広本
如来二種廻向文
尊号真像銘文 略本
尊号真像銘文 広本
弥陀如来名号徳
前賢餘韻
親鸞聖人血脈文集
真蹟・古写消息
浄土和讃
浄土高僧和讃
正像末法和讃
皇太子聖徳奉讃
大日本国栗散王聖徳太子奉讃
歎異抄
執持鈔
口伝鈔
改邪鈔
真実信への展開−別序の内景に即して−
群生海のこころ
真宗教判論序説−親鸞の菩提心論を中心として−
現生利益の考察−真仏弟子の諸問題−
唯除の機
果遂の誓い
歎異抄の世界
歎異抄の化風
歎異抄と満之と鑑三
仏教とキリスト教との出会い
慈悲の実践
かくのごときわれら
歎異抄的世界
真宗教団−その指数としての『歎異抄』−
了祥における『歎異抄』の研究
歎異抄と臨済録
源信・法然・親鸞の伝説−仮名法語による一考察−
業を浄めるもの
柔和忍辱のこころ
歎異抄の人間学的考察
歎異抄における「われとわれら」の課題
時熟
一室の行者として見た歎異抄
知と行
巻頭二首和讃講話
讃阿弥陀仏偈和讃講話
大経和讃講話
観経和讃講話
弥陀経和讃講話
諸経和讃講話
現世利益和讃講話
勢至和讃講話
龍樹菩薩和讃講話集
“慈悲”の実践と菩薩行−菩薩律儀にみられる“仏教福祉”の源泉−
親鸞の立場と教行信証の撰述
教行信証撰述年時の問題
教行信証巻別撰説の要旨
教行信証巻別撰説の批判
教行信証論攷の基盤について
坂東本教行信証の成立過程
教行信証の自筆草稿本
教行信証関係論文一覧
増補・教行信証関係論文目録・著述目録
教行信証
歴史上の人物としての親鸞
『教行信証』の思想と内容
『教行信証』解題
願生の仏道−法蔵の願心への呼応−
本願力廻向
還相廻向の問題

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