浄土教における宗教的主体性の問題 1-一向専念
所謂非神話化について
黙阿弥劇に見えたる浄土、日蓮信仰と民間信仰
慈悲思想の具現化について
現代における教化の問題点
浄土教者の宗教体験の研究序説
善導大師の倫理観
善導大師の「観経疏」の訳注 1,2
念仏三昧宝王論における念仏観の特色
遊蓮房円照について -特に法然上人との関係を繞って
近世から近代にかけての浄土宗教化活動の様相 -三河地方念仏講の実態調査とその研究-
おてつぎ運動
往生想と引接想の念仏
浄土教の心理型
仏教認識論上の思惟と正受
実相身、為物身について
懐感の教学から見た善導大師の報土観 -華胎と似無漏の浄土を中心として-
往生要集における同行善知識の思想
法然浄土教の研究 -特に懺悔について
再び法然上人の佗の法門を論ず
口称念仏の秘鍵
ご本願の弥陀名号について
自力と他力 -現象学的解釈学的アプローチー 1,2
浄土教の倫理性について -心浄の思想を中心として
法然上人の往生思想の展開
浄土宗発展の基礎的研究 2 -特に三河浄土宗寺院の調査結果を中心に
「おてつぎ」運動の教団史的研究
我国における念仏儀礼の研究
浄土宗伝法史の研究 1 -末代念仏授手印の総合的研究
浄土宗伝法史の研究 2 -「手次状」私考
三心の心理構造
善導大師の「観経疏」に於ける無生法忍
懐感禅師に於ける浄土の三界摂不摂論
「四十八巻伝」複写について
法然上人の「往生要集釈書」の成立について
浄土布教法の根底としての法然上人の信仰について
開宗のご文と一枚起請文
法然教学の能動的主体性 3 - 教学の人間的把握について
法然念仏の真理表現について
浄土教に於ける死の取扱いについて
「観門要義鈔」について -特に観門の道理を中心として
「臨終講式」について
「看病用心」について
念仏の習俗化と個性化
大樹寺開山勢誉愚底について
「宝性論」における仏身論
信仰の特質としての個別性と関与性 -念仏の存在論的考察
宗教と芸術に関する随想
古代僧官考 -特に十師について
天台円宗三大部鉤名目
法然教学の能動的主体性 -教学のベルグソン的把握について
法然上人の学問観について
観智国師存応門下における正誉廓山の地位
日本浄土教史上に於ける横川首楞厳院二十五三昧会の念仏
教義理解の伝承と発展
仏教的霊魂論序説
因縁心釈論開決の著者について
南海寄帰内法伝にみられる医学
「法然上人の思想史的研究」について
法然上人の往生思想の展開
浄土宗伝法史の研究序説 -末代念仏授手印の伝承本について
浄土宗発展の基礎的研究
浄土教教理の現代的反省における一・二の問題
「愚管抄」に於ける法然上人観
宗学と神学 3 -メタ神学の提唱
五重伝法の組織について
法然教学の能動的主体性 2 -教学の佗び理念的把握に就いて
授手印の宗義行相に関する諸派の異説
法然浄土教における啓示について
名体不離のご名号について
念仏現益の論理
「ミリンダ王の問い」と浄土教
立石寺夜行念仏の阿弥陀仏信仰
懐感の仏記について -特に歿年を中心として
ティリッヒの信仰論理と浄土教
『一遍聖絵』と紫雲
秦皇破陣楽と妓女の舞
時衆・遊行聖における病
鹿杖考
『一遍聖絵』と『遊行上人縁起絵』
一遍の善光寺と熊野参篭
一遍天王寺賦算と乞食
踊り念仏論
中世神話と宗教−『一遍聖絵』における名号と入水−
『一遍聖絵』における一遍の社寺参詣
『一遍聖絵』に見る草履・草鞋と被差別民の草履作り
「医聖」としての一遍
『一遍聖絵』もう一人の編者
『一遍聖絵』本文の検討−六条道場本と御影堂本の比較から御影堂新善光寺の性格に及ぶ−
『一遍聖絵』と『遊行上人縁起絵』−特に「丙本系」の「常称寺本」「遠山本」と土佐派粉本を用いて−
正信偈講義
概旭乗KIOKUYO OMUNEの生涯
浄土宗義を学校教育にいかに生かすか
浄土宗義を宗教教育にいかに生かしているか
疎外の系譜と浄土教的メカニズム
浄土教に於ける無生法忍について
「往生浄土」の理解にについて
法然上人伝に於ける「説戒」について
三善為康の浄土教信仰について
南無阿弥陀仏

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