山東京伝書簡集
「長崎舶載唐本書籍元帳」の発見
森銑三先生
第三の新人
島尾敏雄研究 解説
文芸時評
島尾敏雄について —象嵌—
島尾敏雄論 —被害者の文学—
“島のおきて”の島尾敏雄
魔的なものの力
新文学の実証
島尾敏雄作品集全四巻
文芸時評
島尾敏雄
島尾敏雄おぼえ書き
島尾敏雄の原像
島尾敏雄の〈苦悩〉の主題
島尾作品への個人的解説
島尾敏雄論
島尾敏雄断片
未遂の死者の書
島尾敏雄論
決死の手の蘇生 島尾敏雄『出発は遂に訪れず』
還らざる復員者 —愛読者の感想—
日常の光 —「引越し」について—
島尾敏雄論 —その方法を中心に—
島尾敏雄のなかの〈旅人〉
島尾敏雄 —『死の棘』を視座として—
救魂の秘祭・島尾敏雄
単独旅行者の「たいらな旅」—島尾敏雄
島尾敏雄論
島尾敏雄における私小説の方法−「こをろ」と「光耀」の時代をめぐって−
島尾敏雄とカトリシズム—その倫理的位相をめぐって
竹嶋正朔 —竹婦人・乾什伝小攷—
三島自寛 晩年の逸事
亀田鵬斎の名物学 —黍稷辨の展開—
森島中良の琉球誌とその周辺
『閑談数刻』に見る酒井抱一周辺
如亭と新潟
柳下亭嵐翠ノート
岡本花亭のこと
蝦夷地を開拓した八王子千人同心・石坂武兵衛
間宮林蔵逸事
頼山陽 長文の一書簡
上田幻斎と横井小楠
帖鋪翰香館 —幕末刻帖の功労者・杉本望雲—
『諸家人名江戸方角分』覚え書
七代目団十郎逸事紹介とその著者について
武藤外記昌通
翠園・鈴木重嶺年譜資料覚書
版木師三代木村嘉平
萩原乙彦の俗謡本雑考
明治中期狂句作者ノート
埋もれた探検家・成田安輝
近世堂上派随想
小石川植物園と大田南畝
五色不動存疑
活人形の軌跡
詞章と曲節 —踏襲か改変か—
源内の未発表作品 —「妙々手段」—
雨雀とイプセン
秋田雨雀先生の思い出
秋田雨雀と児童演劇
雨雀先生と私
教育者としての雨雀
素描・一九〇四年の雨雀
雨雀と宗教
回想断片 秋田さんのこと
秋田さんと私
限りない愛情を労働者に 秋田雨雀と労働運動
雨雀・共産党まで
「不死鳥」運動
子供の頃の雨雀の話一つ
半切画讃
「山」にまつわるかずかず
雨雀と板留
新潟を訪れた秋田雨雀
雨雀さんと沖縄
不死鳥
秋田先生のこと
先生ごめんなさい 近藤晴彦氏の霊に
死はいけません
晩年のこと 「また、来てくれました」
緑の窓 秋田先生追悼
雨雀の墓と若葉集
「雨雀会」結成の経緯
三古会小記
三古会記事抄録
石出常軒著作考-特に新発見の「四季景物鈔」について-
新井白石は果して<蘭語>を学んだか-白石の蘭学は再評価すべき…
妣が国へ・常世へ 異郷意識の起伏
反省の文学源氏物語
近世文学のなかの近松門左衛門-主として西鶴・芭蕉との同時性を中心↓
近松門左衛門のドラマトゥルギー —語りものと悲劇性—
近松を演じつづけて
人形浄瑠璃とは何か
近松と現代文学
劇作家近松門左衛門の出自
近松論 —劇の思想—
人生の散歩者・雨雀

成田山仏教図書館蔵書目録総合リンク集へ戻る
成田山仏教図書館トップページへ戻る