青年期登校拒否の今日的特徴について
釈摩訶衍論所説の随順と得入について
伊良湖岬文学散歩
A CRITICAL STUDY OF THE RASAYANA-PATALA OF THE SAMVARODAYA TANTRA
理趣経于?t文並に語彙
田中冬二論 4−田中冬二の詩に見られる暗さについて−
現代人の求むる宗教の本質的意義
十八道の研究−特に経軌を中心として
大日経供養法について
慈雲尊者を語る
真言宗未決文と弘法大師−<法身説法>説に関連して
死と悲しみの克服過程に関する実証研究−葬儀・葬後儀礼の果たす役割
理趣経能説曼荼羅に就いて
教化伝道の歴史的研究−明治時代を中心に
「大日経」所説の諸字門について
悲哀の人生的価値
理趣経の翻訳に就いて
天台の論議
児童の宗教々育に就て
正理一滴論法上釈和訳 1〜4,
自由と真言哲学
梁武雑記
弘法大師の「毘廬舎法界体性塔」と顕密二種の「多宝塔」
入出息念の大乗的展開−「大集経」を中心として−
文学を規定するものとしての「もののあはれ」考-本居宣長の所論を中心に-
如義言説と法身−弘法大師教学における法身の意味を求めて
絵木法然
吉蔵と中道−吉蔵にとっての正法とは何か
華厳と密教-智山教学大会特別講演-
海の道
三論教学における二諦思想
「釈摩訶衍論」新羅成立説に関する考察
大伝法院襲撃事件と不動化現説話-覚鑁の伝記をめぐって-
教判の史的考察
近世啓蒙文学と指導精神としての宗教
阿字観と菩提心とについて−特に「阿字観」に関する一考察
頼豪の「小亭記」及びその周辺
唯識思想成立の根拠と染浄二分の依他性・転依
仏教と音楽
「梁塵秘抄」牛頭栴壇香の今様(202番の一首)
「圓宗鳳髄」(僧濬鳳潭)について
弥陀と観音とに就て 1,2
「占察善悪業報経」と智??の懺法
真理の対応説について−記述主義的指示理論と因果説を中心に−
発心即到
東国における徳一の足跡について-遊行僧としての徳一-
興教大師の信行に就て
ADVAYAVAJRAは尊称ANUPAMAVAJRAか
真言密教と介護
檀信徒と共に阿字の法を観る−吉祥院阿字観道場の実際−
瑜伽大教王教所説の曼荼羅について
真言宗智山派における「教化研究」の可能性を探る-教化とは何か?教化の何をあきらかにするのか?-
円融無碍の原理−象徴の哲学としての華厳−
五相成身観の体系的研究−特に経軌の上に於けるその成立的一考察
「十住心論義批」の研究 3-未刊写本「義批」の紹介並語訳-
六大体大私考
十地に就いて−特に般若経を主として−
西蔵仏教各派と秘密乗仏説の寸見
人間存在の根源規定としての信仰
宗教学に於ける宗教史の地位
真言教学史上より見たる興教大師の位置
哲学の基調と宗教の基調
摂受正法−日本文化と勝鬘経−
祈願及び其の感情的動機について
細身に就いて−特に数論派の−
諸行無常とダイオキシン-SHAGYOUMUJYOU(ANCCA VATA SANKARA)AND POLYCHLORINDA DIBENZO-P-DOXNS(PCDDS)
宗数の存在性についての私見
大乗現証百字真言の研究
自然児長塚節の人と歌
全体性と根源性
ボードレール所感
部派仏教に於ける補特伽羅説の意識−特に認識論上の問題−
源氏物語夕顔の巻について
仏説 大悲空智金剛大教王儀軌経の研究−-特に梵蔵漢三訳対照の結果にに就て 1,2−
覚鑁上人の遺跡
真言教判史上より見たる興教大師の位置
宗祖大師の六大説に対する二、三の問題に就て
数論頌と六十科論
小品般若の訳本について
支那仏教唱導文学の生成 1,2
教育勅語と仏教道徳
弘法大師の護国精神
唯識思想の史的考察
冬報恩講論議の研究
真言宗に於ける回向
大乗三論大義鈔における真如−種子爾不爾論争を中心として
般若に現われたる陀羅尼思想
菩提心について−特に「不増不滅経」を中心として
「初会金剛頂経」降三世品における毘盧遮那について
阿字思想への一考察
心経の翻訳に就て
釈摩訶衍論における無明について
戒としての菩提心について
マンダラに見られる「慈悲と智慧の世界」−併せて宝珠と宝瓶と三角智火−
梵文普門品和訳
大正期の真言宗概観
相似般若について
弘法大師空海と稲荷信仰
SAMANTAMUKHA-PARIVARTA UBERSETZT
大師講について

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