堀江ところどころ
大阪大学在任のころ 私の履歴書(五)
近世水利秩序の成立−淀川右岸を中心として
近世後期在郷町周辺の人口構造−富田林地方の宗門改帳分析
旗本知行所における貢租徴収と上納の形態−河内郡横小路村の場合
幕領農村の貢租−堺廻り三ヶ村の場合
久生十蘭
近世銅貿易の成立と住友両替店の創業
鴻池善右衛門家の大名貸−掛合控の成立を中心として
寛政文化期大阪前期的資本と藩政改革草間直方と肥後藩の場合
幕末関西の流通貨幣−鴻池与三吉家文書の紹介を兼ねて
「三ツ割」制度の史的考察
近世中後期の大阪における領主米流通−諸藩大阪登米高の検討
糸割符関係史料「割符方」
近世大阪における商業機構の変質過程−大阪繰綿問屋の場合
近世海運業における廻船経営の特質−賃積船と買積船をめぐって−
大阪を培える人々
大阪を培える人々
大阪を培える人々
上方の研究雑録
研究遍歴−私の履歴書(三)
石山本願寺
大阪遷都論と東京奠都
大阪における蘭学の発達と橋本宗吉
大阪の出版文化の変遷
地域文化と企業者活動
小野組について
岩崎彌太郎と三菱の発祥
明治初期における棉花生産の凋落と外国貿易−わが国の外国棉輸入の↓
日本の近代化と関西系繊維商社の成立
初期機械紡績における蒸気力の利用
蔵元変質過程についての一試論−17世紀後半における大阪市場の↓
近世大阪における製茶流通の変質過程
小大丸白井家の歴史と経営
明治維新と升屋
大阪洋服業の成立過程
明治維新と大阪
法善寺界隈由来記
生い立ちの−私の履歴書(1)
明治大正期大阪市における自動車営業の発展
金融史から見た大阪と江戸
職人史から見た大阪と江戸
近世大阪蔵屋敷における払米仕法
大阪の足袋屋「紅梅組」文書の紹介
明治初年大阪の市中商社と貿易商社
明治維新と大阪の造幣局
明治時代大阪紡績業界の人々
明治維新の大阪経済と大阪開港
明治初期の企業と企業家−蓬莱社の場合
関西における銀遣いの変遷
近世初期の都市検地と町民支配
兵庫開港と商社の設立
大阪史話五題
豊中の史的逍遥
学生生活のころ−私の履歴書(二)
明治−大正期の大阪市域拡張と接続町村の変貌−大阪市城東区の場合
近代大阪の都市化と市営電気軌道事業の一寄与−市区改正との関連
大正期大阪の公害問題と工業地域の形成
関一における都市政策の歴史的意義
戦時経済移行期の大阪工業−いわゆる「経済的地盤沈下」問題を中心に
歴史に学ぶ
京を想う
最初の市史と私
桃山時代の京都
京都と奈良
古都と開発
文化財都市・京都
近世の展開
虫篭壁の覗き見
京焼文化論
京都の踏査
京都の奥行き
都をどり今昔−井上八千代さんに聞く
明治・大正の風俗と学芸
市民の自治意識
戦前戦後、市政こぼればなし
京の歴史見断片
京の歴史見断片
京の歴史見断片
京の歴史見断片
古都と私
淀屋と萩藩
天王寺屋五兵衛家とその系図
地域金融と吉田銀行の経営状況
富士吉田市の粉食慣行について
戦後の富士吉田市域における織物協同組合の実態
近世上吉田村の村落構造−元禄7年の人別帳の考察
新倉村飛地大明見村へ組替顛末
山梨県内に残る「連尺の巻物」
藤村県政とく区戸長の位置
村の成立から財産区への変化−民家村設コウバの出現と鍵広間型の間取り
鷲見基助「山梨県機織業調査報告書」
同族団の再生と親分子分慣行の変容
「半麺」食文化考−ホウトウ食をめぐる二・三の考察−
御師と冨士講−吉田御師小瓶子屋を例に−
富士吉田市域における近世後期実学の受容と学統に関する一考察
富士山馬返鳥居について
富士山馬返の石鳥居について−文書史料からの考察−
郡内三十三所観音霊場−万年寺過去帳所載「永々覚記」
富士吉田市域の人物頌徳碑

成田山仏教図書館蔵書目録総合リンク集へ戻る
成田山仏教図書館トップページへ戻る