無年号文書月日順文書目録
新田義貞と足利尊氏−佐藤和彦さんの思い出と重ねて−
常陸国真壁氏と得宗政権に関する研究の現状
木版刷りの奉納状
書状からみる南北朝の戦争
入間河公方府と武蔵国一揆
南北朝期の惣領
「黄梅院文書目録」にみる上総所領について−佐貫柿谷名をめぐって−
「大宮家文書」の「関東執事」発給文書
応安七年香取社神輿の鎌倉動座と重書案
「南北朝遺文」の意外な効用
石塔義慶と観応の擾乱
「面付」をめぐって
太平記
太平記への手引き
太平記とその影響
内乱のきざし 両統迭立と反幕勢力の伸張
後醍醐の復権 元弘の乱と幕府滅亡
公武水火の争い 建武新政の挫折と尊氏の離反
南北朝の分裂 一天両帝
南北朝期における安芸内藤氏の動向
尊氏と中国・九州
「阿波山岳武士」と南朝文書
恵鎮と周防国
備前国一宮社法について
「南北朝遺文 九州編」の発刊に寄せて
薩摩の在国司
南北朝遺文 九州編 1 建武元〜延元3年,建武5,暦応元年
菊池氏と阿蘇氏−国司と国上使−
雑訴決断所廻文について
南北朝遺文 九州編 2 延元4,暦応2年〜正平2,貞和3年
安楽寺領注進目録(南北朝遺文九州編3340号文書)について
寺院と山城−豊後国玖珠城の場合−
少弐頼尚の足利直冬与同期について
南北朝遺文 九州編 3 正平3,貞和4年〜正平9,文和3年
大友貞載下知状(南北朝遺文九州編274号文書)について-「使節」考-
凡下の戦力
南北朝遺文 九州編 4 正平10,文和4年〜建徳元,慶安3年
日向・薩摩と今川氏兼・貞継−探題今川氏九州支配末期の一こま−
深堀家文書の原状について
無年号文書の年号比定
南北朝遺文 九州編 5 建徳2,慶安4年〜元中元,至徳元年
青方文書の世界(1)
「文治」記録所の一史料
「嫡子」と「長男」と「家督」(1,2)
旗を揚げること
台湾人を忘れるな
筑後田代文書として伝来した和泉上村文書について
関東御免津軽船二十艘(上,下)
中世の魚の助数詞「こん」の消長
越前坪江郷佐幾浦・加持浦・阿久多宇浦について
古文書と木簡
第三十三巻所収「東大寺具書」について
越中堀江荘南方内検帳配列修正の試み
「元亨年間」論 1,2
絵画史料論から
宗像大社所蔵八巻文書の伝来−文書伝来論の一資料として−
鎌倉遺文 古文書編 41 元弘2,3年
「六十巻遺文」編纂始末(3)
鎌倉遺文 索引編 1〜4 文治元年〜元弘4年
鎌倉遺文 古文書編補遺 1 文治元年〜建暦3年(1185〜1213)
南北朝遺文 中国四国編 1〜5 建武元年〜弘和2・永徳2年
「南北朝」を問う
安芸国内藤氏と虎関師錬
「中国」という地域名
周防大内氏の石見国迩摩郡分郡知行
足利直冬と中国地方
音楽篇 洋楽
但馬の守護と文永・弘安の役
三河国小野田庄のこと
中世の「畠」と「畑」−焼畑の位置を考えるために−
自殺未遂
島津荘薩摩方伊作荘、日置北郷における下地中分について
中世の「校正」符号
日記に貼り継がれた文書
足利義氏と鑁阿寺
「御霊文書」考
奈良時代以前の解
「鎌倉遺文」と律令
紀伊国荒河荘悪党一件文書
中世の子供の養育と主人権
「隠商人」の出現
津長と津沙汰人・津刀禰
ゆがんだ鏡
洛中番匠のこと
鮎鮨と悪党
肥前国椅寺の鐘と千葉氏
十三世紀総括
壬生家文書の特異な一面
中世村落における縁と族縁
十四世紀展望
名を憚ること
「下向」か「近夫」か
大和西大寺蔵騎獅子文殊菩薩像胎内経及び胎内文書
「墓」・「墓所」のイメージ
貞永式目の日付と仮名式目
「備忘録抄」所収の鎌倉期の文書
新たに紹介された「別結解」史料
尊性法親王書状
実朝と長明

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