荘園の性格−永原・黒田両氏の所論を中心に
中世の村落
中世の商業
鎌倉新仏教
軍役論
役家体制
鎖国
近世の三代改革
戊辰戦争−その歴史的意義
地租改正
自由民権運動
近代における国際的契機
日本帝国主義の成立
大正デモクラシー
大正・昭和初期の外交
日本の原点
変革の時代
抑圧から解放へ
日本史との対面
縄文時代領域論
袋状竪穴考
古墳時代後期における地域性について−横穴石室の玄門部構造
陰刻花文私考
河神信仰の考古学的考察
石上神宮七支刀銘についての一試論
飛鳥寺の創建過程
肥後における講の展開−近世仏教の一側面
明治時代における伝説の発達−日本伝記史の一齣
応神朝の二、三の問題
たまきはる内の朝臣−建内宿彌伝承成立試論
古代の女帝
藤原良房と基経
源満仲とその説話について
日宋貿易に活躍した人々
覚鑁とその時代
丹後局
船越景直の生涯−乱世の処世術
豊臣秀吉の水軍と石井与次兵衛
豊臣秀吉と貿易商人
慶長年中の戦後青年たち−「カブキモノ」の絵すがたによせて
徳川将軍生母並びに妻妾考
円山応挙の写生−京派の近代性
志筑忠雄とその時代
蒲生君平と「山陵志」
江戸幕府の論理−紀伊派と一橋派
下田領事館の人たち
外国人の見た幕末の日本人−オールコックとサトウを中心に
相州鎌倉郡大町村の人たち−元治元年十月二十二日−
戦争と歴史家たち
漢の武帝と弥生文化
古代王朝論
大化改新−改新の詔の信憑性について
律令論
古代家族論
平安前期政治史−平城朝を中心として
平氏政権論
初期の武士団と惣領制
鎌倉幕府論
室町幕府論
文殊菩薩和五台山
日本の建国について
日本民族の構成
日本国家の成立と神武天皇
神武天皇の話の意義
神武天皇否定説批判
神武天皇紀と考古学
日本書紀の紀元
日本書紀の紀年と神武天皇即位の日について
紀元節と紀年
神武天皇を仰ぎ奉る
日本書紀の精神
上代における建国精神
中世における建国精神
近世における建国精神
紀元節の制定
明治初年における創業の精神
紀元節廃止の事情
失われた日本独立の精神
社会科歴史といふ教科書の批判
謬られた戦後の歴史教育−一つの反省
戦後の歴史教育に対する再検討のうごき
紀元節論争背後の思想
建国記念日の制定−所謂紀元節の復活
ミトス(神話)としての紀元節−一神道学者としての立場から
二月十一日に「つみ」は無い
何が果して真実か
英雄と伝説
政治家と年齢
皇位と尊号
神道
日本の家及び国家
報徳史観と日本世界教育史−大日本精神史の一内容として−
明治初年の対耶蘇教政策考−新政府要人の「見込言上」について−
太政官札の性格
復古大号令の由来に関する一考察
大政奉還と長崎−府県制成立の一例として−
涙の文化
京都大学校考−特に大学校代開黌の顛末について
大教宣布の運動とその神観
尊皇卑ハクの伝統と幕末王ハク論の特質

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