延喜式について
物語風史学の展開−大鏡栄華物語を中心として
大鏡の成立について
日本往生伝類について
平安朝の記録
上代に於ける日本書紀講究
日本的父性と老賢者−夏目漱石『夢十夜』第四夜の「爺さん」に導かれて−
「男の娘(おとこのこ)」なるもの−その今と昔・性別認識を考える−
アイルランドと日本の文化的時間について
タントラ・アサーション・スローセックス−性的弁証法による精神的統合と創造−
皸(あかぎれ)
近世寺社参詣史の現状と展望
民俗学から見た日本の寺社参詣文化
山岳崇敬者の参拝活動にみられる地域的差異とその形成要因
民間宗教者と「巡礼」研究の現状と一つの展望
じいとばばとの話−完形昔話を考える−
動物昔話(鳥獣草木譚)−「時鳥と兄弟」とをめぐって
笑話
沖縄の昔話
浦島説話の原郷に関する一仮説-洞庭湖の竜女説話を中心として-
西欧の昔話
南欧の昔話
日本神話と昔話
昔話と民俗
昔話と歌謡
民間文芸研究の課題
昔話研究の行方
鳥類と昔話
タイの異類婚姻譚
「猿神退治」の特性
昔話「猫の踊り」
昔話と動物
昔話と動物
西洋人が日本で見た夢
「蜻蛉日記」の夢
プロローグ 「日本的アニミズムの現代」について
画餅
アニミズムと仏教の現代
現代アニメーションに見るアニミズムの諸相
アニミズムとアニマティズムのあいだ
童話に表現されるアニミズムの心理
子どもとアニミズム−子どもの心象世界をアニミズムの世界から辿る
エピローグ アニミズム仏教から何が見えるのか−プロローグからの続き−
仏教学から提案する「聖」と「俗」の問題(序)
影像見る「聖」と「俗」
アメリカ合衆国における「聖」と「俗」の検証
西洋美術における「聖」と「俗」について−図像学的「聖と俗」と形而上学的「聖と俗」
性愛における俗から聖への可能性−サドマソヒズム的性風俗の心理学的分析−
日本人の精神分析−「見るなの禁止」をめぐって−
江戸イメージの転換と時代劇・時代考証
歴史の中からの道元禅師
ドストエフスキー作「カラマーゾフの兄弟」における「聖」と「俗」の人格像の心理考察
金色の力−俗から聖へ−
『老賢者』と『太母』−マナ人格の考察−
『源氏物語』における「母」
”癒し”の都市空間 1,2−東京の駅前地区空間の場合−
癒しと映像の歴史
H16年度講演会 内観法から見える「素直の構造」−日本文化の個別性と癒しの普遍性へ−
H16年度講演会 心身の癒しと修練
「日本文化における救済と癒し」のさらなる展開に向けて−日本風土・自然観・心身問題・日本的心理療法
「日本文化における苦悩の理解とその救済−森田療法の自然論から−
愛する人の喪失「死別」と癒しについての心理学的考察−「深い河」と「十二番目の天使」の作品を事例にして−
利行に関する一考察−初期唯識説への展開を中心に−
「夜の寝覚」における救済といやし−貴種の「物語」へのまなざしをめぐって−
癒しの行方
夢の世・夢の歌−和泉式部日記の論−
夢を書く
中世の夢と夢語り
夢とオカルト
現代占星術と夢
夢語りの作法・文法と再話の条件
夢の心理学的考察−「豊饒の海」(「春の雪」、「奔馬」、「暁の寺」、「天人五衰」)の三島由紀夫の四部作に表現された夢を引用して−
万葉集における夢−「夢」の語法と呪力をめぐって−
藤原行成における入木道相承−夢中における書法伝授の意味−
忽滑谷快天とその著「怪傑マホメット」のことなど
講演会 道元禅師の自然観
座談会 日本の文化と仏教に触れて−留学僧の立場から−
講演会 ベトナムの生活と文化
中世臨済宗幻住派の公案禅
天台本覚法門についての覚書−「漢光類聚」卷二の註釈的研究−
「秘義分別摂疏」に関する覚え書 2
仏教と僧尼
「茶」の道を辿る
一条天皇最後の日々
縄文文化の鬲状三足土器
「日本文化における救済と癒し」について
「豊かさ・むなしさ・癒し−日本文化の再生のために−」
日本文化における救済と癒し 「癒し」の用法と意味−用例の分析
サイバーアニミズム時代における日本の癒し
癒し現象の基底としての私事化
「風水」と「癒し」との関係を巡る情報の流通
仏教文献における「癒」と「救済」の用例について−「利行」考察への序論−
イスラームと救済の問題
作品研究「葵上」−仏教に説く「救済」と「癒し」の概念へのアプローチ 第一部
日唐・日宋交通に於ける史書の輸入
ボストンからの来訪者の波-1880年代の日本旅行ブームの背景-
商いの構造-異文化の社会・経済的タクソノミー-
海女の文化
日本文化のかたち−日本文化研究所第二回講演会−
「仏生伽毘羅」−ネパール王国ルンビニー仏蹟紀行−

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