人口の地域移動と宗教団体の動態
科学と迷信−現代文明批判
私はなぜ異端者の道を選んだか
真宗(布教を支える論理)
天理教の期待される異端像
時宗(布教を支える論理)
真宗に期待する異端
禅宗(布教を支える論理)
幕末日蓮教団における正統と異端-長松清風の場合
われらにとって夢とはなにか
日蓮宗(布教を支える論理)
日蓮宗における現代の異端像
サナトロジー(死についての学)の復権について
日清の戦争と戦後(日本文学に表われた人間像 5)
キリスト教(布教を支える論理)
日本の実存主義二十年-今秋のサルトル来日に寄せて
宗教書ブームの虚像と実像
遍歴の俳人 山頭火
誤診(清善院好日法尼 8)
日本人の価値観の変化
布教を支える論理
日本仏教と異端の意義
深?Jの国境
信教の自由をめぐって
私の人生哲学
浄土宗における現代の期待される異端像
仏教と産業教育
過密の生態学
知る権利・知らせぬ権力
迷い猫(清善院好日法尼 1)
宗教体験の一つの見方
共に生きるために 1,2(森からのことづて 6,7)
古代仏教の対社会的役割
醜聞で失脚した山田美妙
日本人の多神教と折り合いの文化ーヤン・スィンゲドー氏の「ニッポンの文化人の多神教的無宗教心」を読んで
鎌倉仏教の対社会的役割
ブロードウェイの横丁
仏の国、浄土の表現
非暴力の祈りと実践の87年 上下
教派神道の対社会的役割−特に天理教について
内憂外患(清善院好日法尼 16)
三島由紀夫氏の憤死に念う
新興宗教の対社会的役割
日本文学に表われた人間像
一つの神のところに去った男の話
おれに似ろ・おれに似るな
幕藩体制からファッショ体制まで
真の仏弟子(現代語仏教聖典 9)
僕の親鸞像
モスクワの風呂敷
毛沢東思想は人間を造りかえる 上中下-中国革命の現実と日本仏教者の姿勢
精神の糧-それは真正の宗教である
聖なる動物(シルクロード幻想 7)
自著「民間信仰と現代社会−人間と呪術」
開善寺の夕暮れ
日蓮教団進出の特徴と挫折の要因
地球極楽の本願
老人福祉の反省-「経済社会基本計画」を吟味して
野僧は吠える
ひとり咲く
老人の生き甲斐論
人間存在の教育を-現場教師からの発言
何が正統で何が異端か−期待される新しい提唱
曹洞宗 その栄光と挫折
私の生き甲斐にとって宗教とは何であるか
椎尾弁匡大僧正台下を偲んで-お浄土よりのお導きを
キャリフオルニヤの落日
なぜ宗教なのか-言語と非言語
受ける福祉より与える機会を
興叡心院祖賢大和尚を偲んで
学制百年の忘れもの-教育の基礎としての宗教の問題
禅宗の異端者 一休和尚
宗教界は老人問題にいかに取りくむべきか
清沢満之の改革性
後ろ向きの少水の魚(山僧歌文 23)
入滅の予言(現代語仏教聖典 15)
宗教と言葉
金剛秀一老師を偲んで
薄むらさき(東国古寺巡礼 6)
真宗の栄光と挫折
宗教の時間
豊道春海先生の新盆を迎えるに当って
日本宗教史における異端の姿
大乗仏教の精神と現代(現代仏教復興講座 3)
菩提樹の下で(シルクロード幻想 8)
聖人は常に古く、常に新しい
日蓮教学をどう領受するか
日本仏教中国開教の発端
密告(清善院好日法尼 9)
真言宗中国開教史 1,2
ある作家の死の周辺
武士たらんものは−職業の問題
現代に生きる寺院のあり方
秋三篇
日蓮−その職業人への教え
石に彫られた釈尊の教え
釈尊にかえれ
精進の故地(東国古寺巡礼 7)
法然とその後の人たち
華厳法界玄鏡 2巻

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