身体の問題
ヨーガスートラ第一章第八節をめぐって
宗教的信念の論理構造
マイスター・エックハルトとトマス・アクィナスに於けるエッセの問題
北設楽の花祭に関する試論
近代日本における宗教神秘主義の一形態−友清歓真について
ルターのパーソナリティについて
モッラー・サドラーの神秘思想における輪廻(TANASUKH)
現代沖縄社会における先祖祭祀の変容
「般若経」における天耳通について
アンセルムスにおける「神の像」
P.ティリッヒとキリスト論の問題
近代における人間の問題
太山府君祭文(地鎮祭文)のマンダラ
井上正鐵の身体観
北海道における新宗教の展開
信仰の非合理性と自然法爾
宗教共同体への新しいアプローチ
香字抄 1巻
法華経の一乗思想−声聞成仏をめぐって
古代日本人の一つの発想について
南インド・ヒンドゥー寺院をめぐる訴訟(1881〜1929)
小松美彦・土井健司編「宗教と生命倫理」
中江藤樹と神道思想
「正法眼蔵」における遍参について
聖書の贖罪精神ときよめ−新英語訳聖書の翻訳を中心として
院庄史蹟顕彰と作楽神社創建の事情−明治神道史の一側面
ジャンニ・ヴァッティモの宗教論−神の死以降の愛論の可能性−
ヤスパースの宗教批判−キリスト教の「啓示信仰」との対決−
宮田登における発想と思考のスタイル
天皇観と非戦論の相関関係−矢内原忠雄を中心にして−
宮家準著「神道と修験道−民俗宗教思想の展開−」
津軽藩における吉川神道
仏教の民間受容と「互酬性の倫理」
小林正美著「中国の道教」
小倉泰著「インド世界の空間構造−ヒンドゥー寺院のシンボリズム−」
全真教の清規
内的経験と宗教言語
戦後の氏子集団に関する宗教社会学的考察
宗教的SANCTIONの問題−特にラドクリフ・ブラウンの所論をめぐって−
ゲーテにおける諦観
戦前日本のイスラーム研究とその系譜
比較宗教哲学について
江戸時代の天台維摩経疏の研究動向について
ORGYの宗教史的意義について
阿弥陀仏の起源問題 1,2,
胎蔵界マンダラ観音院の思想
人間愛と宗教
瑩山禅師の仮名法語について
社会事業における「浄土の慈悲」
絶対無と宗教
PARAMITA-YANAとMANTRA-YANA
キリスト教理解の一側面
金光大神の受難について
三島由紀夫と天人五衰の思想
ドイツ時代のP.ティリッヒ 1,
G・マルセルの具体哲学
地域社会における神葬祭の受容とその展開
リバイバルにおけるジョナサン・エドワーズ
禅とキリスト教−ヨブにおける信仰的良心
台湾山地同胞(旧台湾高砂族)とキリスト教
民俗宗教から組織宗教へ−新後生の組織的考察
祀るカミと祀られるカミ−祭祀の意味と構造をめぐって
新宗教における婦人会の役割
信仰のコトバとその意味構造
社会思想と宗教−サン・シモンにおける社会と宗教
フロイト以後の精神分析的宗教研究
占いの知と権威−明治の「易聖」高島嘉右衛門をめぐって
社会変動と宗教法
「小泉文六郎覚書」の内容について
神との出会い−マルティン・ブーバーを中心として
『伝光録』における「夢」と「死」の関連について
「縁をはみ出す」ということについて
聖書学は<イエス批判>に向かうか−「宗教批判の諸相」に寄せて−
松村一男・山中弘編「神話と現代」(宗教史学叢書12)
信仰史研究の基底
内村鑑三のキリスト教思想における祈りの問題
川村湊著「牛頭天皇と蘇民将来伝説−消された異神たち−」
中江藤樹における大乙神信仰について
牛頭天王信仰について−神仏習合の一類型とその発端
聖なる共同体としての家族
金子量重・坂田貞二・鈴木正崇編「ラーマーヤナの宇宙-伝承と民族造形-」
宮家準編「民俗宗教の地平」
生活世界の復権−新たなる仏教学の地平へ−
羽黒山行事に於けるタブーの考察
阿陀那識に就いて
宗教と社会の結節点としての責任の諸様態
領解文講義
トマスにおける悪と罪
人間崇拝と村落共同体
キルケゴールの宗教的基盤
昭和期の帰一協会と姉崎正治−昭和期の例会状況−
修験道の組織
仙台藩における本山派修験の本末関係について
浄厳の戒律観について一考察
布教学における社会学的方法論
ヘルダーにおける「自然」「人間」「神」
石清水八幡宮の御神祭
マックス・ウェーバーにおける宗教と社会階層
勝鬘経義疏に関する一考察

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