W.ジェイムズと現象学
日本におけるホスピスとそのルーツ
現代民衆宗教における聖なる世界の再創造−中南米の悪魔
大峯顕著「永遠なるもの−歴史と自然の根底−」
明治末期から昭和初期における「国体と仏教」をめぐる一考察
ガレノスのアスクレピオス信仰
クザーヌスにとっての宗教寛容−「信仰の平和」を中心に−
日本の王権祭式とその神話
大島清昭著「現代幽霊論−妖怪・幽霊・地霊−」
ド・ブロスの宗教起源論と言語起源の問題
伝統型都市の宗教構造-旧堺市街地のキリスト教系教会の視点から-
都市空間の宗教的意味
韓国における巫俗と仏教-ポサルと呼ばれる職能者を中心として
中山みきとその家族−長男秀司の障害の視点から−
高句麗時代伽藍の形態と思想基盤
韓国仏教の<水子供養>−民衆仏教の生命論と仏典理解−
人間に於けるNATURE−特にカントの宗教論を中心として−
神話としての聖伝-その物語構造と意味-
道元禅の仏身観
キルケゴール思想における死について
福音伝達の解釈学的構造
二種深信的自我同一性についての試考
宗教集団の“病気なおし”−精神医学的見地から
イミ(斎・忌)とタブー
宗教と現世−M.ウェーバー宗教社会学の一視点
憲法十七条における仏教と儒教と 1,2,
頓・漸・不定
ヘーゲルに於ける宗教性
鮮演の性悪論
憑霊(SPIRIT POSSESSION)の概念について
成巫過程と宗教・文化的背景-宮城県中央部の事例を中心として
パウロとユダヤ人の救い
クールマ・プラーナの形而上説
聖典への宗教学的アプローチ
出四〜十四章の頑強モチーフについて
ペトルス・ダミアニのSANCTA SIMPLICTASについて
フランスの宗教社会派の方法
観音の住処
興教大師覚鑁と伝法大会−真然大徳との係りについて
地理学における宗教研究の展開
終末論的運動の社会学的解釈
シェーラーの宗教現象学の認識射程と限界について
生死の問題と生命倫理
ポストコロニアリズム民衆宗教
小野寺功著「聖霊の神学」
IOUDAIZOとIOUDAISMOS−初期ユダヤ教の自己定義の問題
クザーヌスにとっての宗教寛容−「信仰の平和」を中心に−
民間信仰における信仰と外部性−民俗調査からの再考−
迦才「浄土論」における衆生論
韓国宗教民俗研究会編「韓国の宗教と祖先祭祀」
哲学から体験へ−近角常観の宗教思想−
戦後ブーム期の受洗者たちに関する一考察-自分史を中心にして-
初期ルソーの宗教観
韓国の水子霊-現代韓国のマリア信仰-
ナショナリズムはなぜ宗教を必要とするのか−加藤玄智と梁啓超における社会進化論−
古代日本の神「ナル カミ」について
「聖」概念をコンテキスト化する
「生活の宗教」と応用教理学−日本の葬祭仏教研究とタイの改革派仏教の比較−
宗教現象の周期性-現代日本社会における-
諸プドガラ説に於ける輪廻転生の主体
ソフォクレスに於ける神概念の一考察
キルケゴール−その多様な「読み」の可能性− 討議記録(要約)
アンセルムスにおける信仰と知解
古代伽藍造営の基本思想
ギリシャの神々と日本の神々
声字実相義について
新興仏青の思想について
原始仏教における解脱と触の正観に関する考察
フォイエルバッハの宗教論の一考察
インド哲学における哲学の原語
呪術宗教職能者創出の社会的契機−民衆の宗教的ニーズとシャマニズム
後期西田哲学と久松真一の哲学・宗教をめぐって
日露戦争後の一宗教現象
マイスター・エックハルトに於ける知性論
無明の基本に関する諸問題について
パウロの知識論一考
アンセルムスにおける宗教と対話
マックス・ウェーバーの「バガヴァット・ギーター」論
補陀落渡海と法華経
「死」についての宗教的考察−「成唯識論」をもとに
タイトな宗教、ルースな宗教
宗教経験論における近代とポスト近代
ハイラーの宗教現象学
俊乗房重源の足蹟 3
散骨と環境問題
近代性の理念と宗教概念
黒崎宏著「ウィトゲンシュタインから龍樹へ−私説『中論』−」
神祇伯白川家の台頭と学頭臼井雅胤
ネオ・フェミニズムの神観念と歴史的キリスト教の神観念の接点
ウィトゲンシュタインとナーガールジュナの言語観
本居宣長における神と人
善宝寺龍王講における「信心」
岩田靖夫著「三人の求道者−ソクラテス・一遍・レヴィナス−」
中国往生伝にみる行業
長谷千代子著「文化の政治と生活の詩学−中国雲南省徳宏タイ族の日常的実践−」
西田哲学に見る禅仏教の特質
愛知県における葬儀の現状
デュルケム聖俗論の思想史的位置
浄瓶と瓶水
「釈善信」考−蓮光寺旧蔵本『血脈文集』の「親鸞自筆文書」をめぐって−

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