堕罪物語一思考
西田哲学とM.ブーバー
「密宗安心義章」の提起するもの
玄賓像の軌跡
貞伝上人について
アウグスティヌスの「告白」におけるPRAESENSについて
彭紹升の「居士伝」について
現存在と寺熟
グノーシスにおける救いについて
ティリッヒにおける科学と宗教
宗教的人格形成の事例研究−晃水・山本良吉の場合
ニコラウス・クザーヌスのキリスト論
ヨーガ学派と仏教との交渉
「瑜伽師地論」の菩薩行について
フランチェスコによる貧と乞食
岸本英夫「宗教学」本質の「問題」
華厳結社について−その思想的背景
「瑜伽師地論」の菩薩思想−本地分における修行道と階梯の構造的理解
現実的契機の生成と神の原初的性格
宗教における寛容の基礎づけ
宗教体験とその言説
笠間稲荷信仰圏について
語り得ぬものの論理分析
元旦
山里純一著「呪符の文化史−習俗に見る沖縄の精神文化−」
「群論疑」における中有説
日本の地方都市における末日聖徒イエス・キリスト教会
歴史的関係か独立発生か−似た神話の説明原理をめぐる諸問題−
宗教者の書簡−金光教の一教師について
小池靖著「セラピー文化の社会学−ネットワークビジネス・自己啓発・トラウマ−」
宮本久雄著「他者の甦り−アウシュヴィッツからのエクソダス−」
ハイデッガーにおけるシェーラーの影響
団体葬と個人葬-新聞死亡広告の分析-
中心のシンボリズムと聖なる仲介者
ケラマのあか島に於けるハマウリについて
大衆文化としての<イタコ>−一九七〇〜八〇年代のオカルトブームをめぐって−
ロシアのオウムとその原典
浄土真宗の仏性論に就いて
脇田晴子、アンヌ・プッシイ編「アイデンティティ・周縁・媒介−<日本社会>日仏共同研究プロジェクト−」
「とひたのまき」考
奄美大島の稲米儀礼について(奄美大島調査中間報告)
トカラ語仏典の性格 2
鎌倉時代仏教信仰の一特質
女の靖国をめぐって
インドの涅槃図
カーディナーにおける宗教の問題
創造性の起源−D・W・ウィニコットの遊びの理論と神秘主義−
「法縁の慈悲」と「愛敵」の問題
長崎県外海町黒崎に於けるキリシタン・カトリックの研究
宗団類型論の一問題
学禅普動論
増上寺黒本尊考
ゲーテにおける「透明」について
法華経における人・天−三草二木の中国的受容
西洋に於ける仏教の使命
聖書の贖罪精神と聖なる感動について
仏と法の問題提起 1,2,
殷王朝の祖先崇拝における祖先の性格
<自伝>としての<神学>−アビラ聖テレジアの「自叙伝」について
J.J.スュランの悪魔体験と神体験
今岡信一郎の宇宙的共同社会
在日巫俗をめぐる社会的ネットワーク−大興院成柱祭における事例調査
鈴木大拙の霊性的自覚−カトリック神学の観点から
小品系般若経に説かれる菩薩
不可知論は宗教的寛容の視座たりうるか
情報・うわさ・物語−「都市伝説」のディスクール論より
「自覚の現象学」の試み
地域神社の遷宮祭について
宗教学と宗教哲学
歳首の言
IAN READER/MAKING PILGRIMAGES:MEANING AND PRACTICE IN SHIKOKU
「おらしょの翻訳」について
神話語りと芸術的表現−ハイダの芸術家ビル・リードを例にして−
壇越たちをつないだ曇英慧応
空と言葉-「中論」第24章・第七偈の解釈をめぐって
渡辺雅子著「現代日本新宗教論−入信過程と自己形成の視点から−」
大貫隆著『グノーシス「妬み」の政治学』
プシュヴァラのシェーラー批判-直観の権能をめぐって-
価値観調査にみる宗教意識-(1)現代日本における宗教性-
聖とその解釈
沖縄県宮古郡上野村のカマド神信仰
花は笑う−アステカ人の宗教における創造のシンポリズム−
1990年代日本におけるカルト、マインド・コントロール論の問題
マックス・ヴェーバーにおける世俗化概念
禅の本質構造と心性の問題
島薗進著「ポストモダンの新宗教−現代日本の精神状況の底流−」
ワーツスヤーヤナ疏より見たる正理学派の我論−仏教の無我説との対比−
本山派修験の霞支配について
神とイエスの関係は本仏と迹仏の関係に等しい
江南の寺々
仏-時間・空間の制約を受けない世界の存在-
見性者の調査研究 1,2,3,
教団の呈示する「ジェンダー」と入会時の魅力
天啓主義新興宗教の調査報告
夢・占による『標』−「風土記」の境界と夢・占−
宗教研究の立場
祖先崇拝の諸理論について
左手の優越
「観念法門」の構成について−特に行者に関して
シェリングの悪について

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