宗教的カウンセリングの諸問題
親鸞の太子和讃「和国の教主聖徳皇」−この思惟と進展についての日本学的構想
熊野三山の成立
金毘羅信仰の形成−創立期の政治状況−
ジェイムズの実存論と宗教
太陽警玄の18般妙語について
カヤカベ教のおつたえについて
M.LUTHERの“WERK”について
「三宝の理」の特異性
祭と家郷景観−飛騨古川祭の場合
元型的心象に関する試論
山崎辨栄の思想
新宗教集団における教祖の誕生過程
真宗における仏身論
近代仏教成立期における知識と信仰をめぐる諸問題
犬をめぐるゾロアスター教の法慣習について
盆行事と祭劫−志摩地方の事例を中心として
「ネパール・タマン族のJHANKRISM」
「諸行無常」と「諸行無我」の形成過程
三木清における親鸞理解について
敬虔主義の聖書解釈−A.H.フランケとJ.A.ベンゲルに於ける
「散善義」における善導浄土教の特色について
「歴代法宝記」の頓悟思想
「大宝積経論」の経典解釈をめぐって
「国家神道」再考−宗教の戦争責任をどう考えるか
日本人の宗教性の特質
星野元豊氏所説「賭」についての一考察
公共宗教に動員される諸資源
元伊勢事件の顛末
国内における供養モニュメントの類型と分布
アウグスティヌスにおける思惟−神と魂との関係についての一考察−
DONALD H.BISHOP,ED.,MISTICISM AND THE MYSTICAL EXPERIENCE
過去を秩序づけ死を見すえるアイデンティティ
宗教史の枠組における近代主権国家の意義
『医心方』所引の「僧深方」について
ヒンドゥー・ナショナリストのクリスチャン、ムスリム・イメージ
塑像製作の西と東
大主教ニコライの日本理解−入信の儀式を中心に
中世インドのイスラーム的ゾロアスター教
安井てつの女性論
韓国のシャーマンの守護霊について
宗教学に於ける体系的組織の問題
日本書紀及び古語拾遺所載倭姫命聖訓「慎(之)莫怠」の成語の出典に就いて
成業論の注釈的研究
仏教に於ける否定と肯定の観念
自由宗教と学校教育
宗教発生の生物学的基盤についての一考察
法華経伝承の一様相
空海の「即身」の論理−密教の自己克服の必然性とその到達点−
親鸞教学の宗教的根本性格
法華三部経に現れた信仰の本質的目標と信仰の功徳について
我・法二執について
宗教集団における人間関係
観心十界曼荼羅と熊野比丘尼
トインビーの「高度宗教」について
円測と良寛の仁王経疏における唯識説
K教団における信仰治療について
人間における<なしうる>ということの窮境
西行の仏教への態度
「庶民信仰」の組織化について
禅教?ハ判門 1篇
バルトにおける聖霊論
進歩の原理と和の原理
八幡神と弥勒信仰
仏教社会福祉の一考察−その歴史的展開を中心として
恵信尼文書の「不断念仏」について
美濃山村の新宗教−岐阜県武儀郡上之保村の事例
超越と自己
タイにおける仏足跡信仰−スコータイ時代を中心として
地域社会における御嶽信仰と「御座」の形態
小島曼荼羅にみる多種信仰のよさ
トランス導入装置としてのナーガ・マンダラ
大乗仏典と真実語(SATYAVACANA)
フランス語文献における日本浄土教について
ルターにおける生と死の理解
古代インドの入門式−UPANAYANA
廓堂・栽松・物外
大智度論における禅波羅密義について
正親町神道−思想と社会
KEISHIN INABA ALTRUISM IN NEW RELIGIOUS MOVEMENTS:THE JESUS ARMY AND THE FRIENDS OF THE WESTERN BUDDHIST ORDER IN BRITAIN
宗教学における「当事者性」
仏身仏土への緒論−道綽における浄土の展開−
井出勝美著「キリシタン思想史研究序説」
現象学的人類学と宗教学の接近
五輪塔に関する考察
島地黙雷の政教分離論−明治5年の欧州視察によって得たもの
近代会津における戦死者と「非業さ」
法然とルター−信仰論について− 1,2,
田島照久著「マイスター・エックハルト研究」
「知識人宗教」概念の生成とその射程
日本宗教学のゆらぎ−科学か、啓蒙の学か、新神学か−
『法苑珠林』の六道篇について
英領インドにおける「宗教」領域の問題性−ラームモーハン・ローイの再検討−
植民地ペルーにおける偶像崇拝撲滅運動の宗教学的考察
漢帝国の仏教受容とローマ帝国のキリスト教化
成実論における二諦について
滝沢インマヌエル神学と八木神学−不可逆をめぐって−
真宗と道教思想
精神発達と宗教
マナと呪力

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