宗教的態度の研究
根本悪からの解放−カントの宗教論を繞って−
デュルケムの宗教学説の意義−社会体系論との関連において−
宗教法と村落共同体的秩序の再編成
近世における三乗批判の論理-普寂「成唯識論略疏」を通して-
韓国の毘盧遮那仏像の成立とその図像的象徴
椙生皇覚の四句成道論
東洋的自然観について
法天改名法賢説について
宗教と企業
吉田神道と修験道
青年期の宗教意識−価値意識及び環境との相関について
宗教における「我」の主体性−親鸞の場合について
つきものと伝承
シェリング中・後期哲学における神と人間
神宮奉仕初期イソベ氏の性格
宗教の地方伝播と土着−岩手県南部の浄土系の信仰を中心として
ハワイ日系教団の形成と変容
親鸞の救済観の意義
ゾロアスター教における鳥葬の塔(DAKHAMA)
「入出二門偈」の五念門の菩薩
S.キルケゴールの存在理解
禅宗寺院における地蔵信仰の一例
急激な社会変化と宗教−シンガポール華人社会の事例から−
禅宗寺院と秋葉信仰と庶民−秋葉寺の火まつりを中心に
カビールの称名について
般若経に説かれる現世利益説
洞門近代教化と新編聖典
ヨハネ福音書とエピクテートス(アリアーノス)との文体比較再考
ヴェーダとスートラにおける過失の有無について

天武天皇と道教
大乗起信論について−如来蔵思想と本覚思想を考える
後期国学の他界論
近代ドイツの仏教解釈−H.ハースの位置をめぐって−
天命観の推移
宗教現象学の創造性−志向性分析
宗教と民間医療-イトオテルミー親友会の事例から
祈りの類型論とその批判的文脈−鈴木大拙の神道・国学批判−
死者を描き奉納すること−岩手県遠野地方の絵額奉納から−
信教自由の問題点−国家の宗教的中立について
植田重雄著「ヨーロッパの神と祭」
「知識人宗教」の「布教」戦略
フリッチョフ・シュオンの宗教一元論
求められた「宗教」−中国の近代化と仏教−
瞑想実践の台頭と儀礼変容-タイ都市新中間層の一時出家と瞑想-
キリスト教と浄土真宗
律儀・不律儀色をめぐって
ブーバーにおけるVERTRAUENの意義
須弥山の行方−近代仏教のディスクール−
科学的世界観と現代的神観
時間論の一資料-特にマハーバーシュヤの一節について-
如法経雑考
明治維新に於ける神仏分離の意義
物忌−平安貴族の生活に現れるその性格−
源信浄土教における菩提心について
日蓮の鎌倉進出の時期をめぐって
西田哲学宗教論についての一考察
宗教における無条件性の存在論的考察
SCAPEGOATとORGIE
契約講の原型と変容−互助的連帯から象徴的連帯へ−
日本人の宗教意識 1,2,
法界について
仏名会の研究
根本的経験論と宗教
奄美の神社祭祀
八海山里宮における火渡り儀式
二つの自由論−SCHELINGと西田幾多郎
五色の道
南斉文恵太子の仏教信仰
「真宗社会学」試論−伝道史的観点からの一考察−
納骨堂と立体墓地
初期新宗教弾圧の構造−明治29年天理教事件を中心に
スピノザにおける予言・予言者と自然的光明
民俗治療をめぐって−青森県津軽地方の巫者の事例から
伊勢地方における曹洞宗の展開 1,2,
四種曼荼羅の解釈
現代インドにおけるヒンドゥー教
TATTVASAMGRAHAのサーンキヤ観-CAITANYAを中心として-
生命倫理と仏教−脳死・臓器移植へのアプローチ
カトリック史流の一特徴−他経派の流れと比べて
初期ジャイナ教の祖師研究−転輪王について
「往生論註」流伝に関する一考察
小品系般若経<常啼菩薩品>の主題
神主の日常生活−近世氷川神社を巡る考察
清沢満之と「自己」の問題
「媒介者」としての比較宗教学−「他者」理解と対話促進への道
アンナクータ祭について
沖縄戦”未亡人”をめぐる死の現在−位牌・墓問題を中心に−
吉田亮著「アメリカ日本人移民とキリスト教社会」
近代フランスにおける「知識人宗教」の「誕生」
プラトンにおける神義論の問題
朝鮮の近代化と宗教−東学=天道教の歴史から−
イスラム復興現象と世俗主義
NYAYA学派の普遍と非存在−TS,TSP第13章に関して
勝義および世俗概念の相対的適用とその背景
ル・フォールにおける「苦しみ」
漢文史料にみる中国社会におけるマニ教への認識について
親鸞教義に於ける厭欣思想に就いて
バルト神学と芸術

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