原始仏教資料の新古問題と法の意味−『スッタ・ニパータ』の古層と『律』の仏伝をめぐって−
宮曼荼羅から参詣曼荼羅へ
宗教的経験と「無意識的なるもの」−ウィリアム・ジェイムズの心理学から−
「義にして罪」と「罪にして義」-「ロマ書」第7章第14-24節を中心に−
龍樹の空の論理
SRADDHA-,CREDOの語義と語形について
ティリッヒの宗教的象徴論にみる「究極的関心」
『中央公論』にみる「死」の扱いの変化
知覚(体験)に基づく仏教か理屈(理性)に基づく仏教か−和辻哲郎を手掛かりに−
自在神にかかわる解脱と救済の問題−「SARVASIDDHANTASAMGRAHA」を中心として-
弥勒下生経類と『大いなる帰滅の物語』の関係
宗教学者の宗教運動−ペッタッツォーニの戦後と宗教的自由−
東南アジアにおけるキリスト教的口頭表現と聖典−トバ・バタック社会の事例−
明治大正期日本におけるチベット画像資料−日本人入蔵僧の旅行記を中心に−
草木成仏論の形成と意義
浄土思想における「生と死」の問題
定動詞のKARAKA表示論証とクマーリラによるその批判について
M.エリアーデにおけるブランクーシ解釈−「聖なるものの擬装」と現代芸術−
R.N.ベラーにおける「市民宗教」概念について
和歌山県の石造品
「究極のAGNIHOTRA」を巡るJANAKA王とYAJNAVALKYAとの対話
ヴェーダ文献における胎児の発生と輪廻説
故神舘義朗氏の業績と学風を偲ぶ
覚鑁の宗教経験−解脱=救済論の新しい地平−
死・中有・再生による成覚論−『AMNAYAMANJARI』における−
金の枝を手折りて−フレーザーが遺したもの−
DESI概念の成立−DESINAMAMALAに至る背景−
シャンバラ(SAMBHALA)考
月と神々の食物−SATAPATHA-BRAHMANA I6,4(新月祭のUPAVASATHA)−
回心研究とその人間理解
月燈三昧経の偈頌における混淆サンスクリットの一考察−音韻と連声−
越境できなかった宗教−社会主義以前のモンゴルにおけるキリスト教伝道−
VEDA文献群におけるUDDALAKA ARUNI−祭式学者としてのARUNIとその周辺−
宗教浮動人口における既成仏教寺院の機能−「山の寺秋葉神社どんと祭」に注目して−
RGGVEDA 1−82 HARIYOJANA−,BRAHMAN−,「新しい歌」,1.SG.KONJUNKTIV
サティー研究の現在:1970年代以降の学術的動向を中心に
密教の形成についての一考察−ARYAMANJUSRIMULAKALPA における真言MANTRA を中心として−
風神・雷神 京都妙法院
大乗仏教における悟りとその階梯−天台行位論の一考察−
啓蒙のスペクトル−ジャック・プルーストと説教の言説について−
ニーチェの「悲劇観」−人間存在の二重性をめぐって−
恐怖の源から救い主へ−宗教学における<歴史>の位置付け−
明治期における神社の廃合の経過と影響
稲のまつり−アジアの村々を訪ねて−
オランダにおける宗教学と民族学−「アニミズム」に表れる差異−
SAMKHYA派におけるPRAMANA理論の受容形態
コプト教における救済と解脱−ワディ・ナルトンの修道士の生活史から−
シャマニズム論における諸問題−アマヨンとフルトクランツの論争を通して−
生と死−輪廻思想の基盤について(第16,17回学術大会発表要旨)
ティリッヒの「宗教史の神学」とその位置
ARYA-VIMUKTASENA:「ABHISAMAYALAMKARA-VRTTI」(4)
生と死−死の実存的意味を中心に(第16,17回学術大会発表要旨)
ワッハの「救済の人間学」の構造−ウェーバー批判との関連において−
「死者」と「霊魂」−アニミズム理論史研究序−
生と死−ANTARA-BHAVAを中心として(第16,17回学術大会発表要旨)
儀礼的境界におけるコスモス化とカオス化−V.ターナーのコムニタス論をめぐって−
華厳原人論合解 2巻
宗教と文化−アビダルマ宇宙論の基本的性格をめぐって
慧遠の三身説
岡田式静坐法と国家主義−二荒芳徳を通じて−
芸術系大学生のスピリチュアリティに関する意識について−質問紙調査から−
シャンカラにおける瞑想の客体としての最高我(PARAMATMAN)について
二極化する都市祭礼−宮城県仙台市の「どんと祭」の実施件数および参拝者数に注目して−
修辞技巧(ALANKARA)「描写(SVABHAVA-UKTI)」
死者のビィジョンをどう捉えるか−終末期における死の受容とスピリチュアル・ケア−
バダック社会におけるキリスト教の機能
VEDIC SVARGA-
空間構造,神話,宗教実践から見るヒンドゥーの神々の関係性−南インド・チダンバラムの事例をめぐって−
ヴェーダ文献における発酵乳とSOMAの神話−SAMNAYYAを中心として−
覆う非知と散会する非知-不二一元論学派における非知説の一展開-
戦時期日本の「喇嘛教」施策−国立民族学博物館青木文教師アーカイブを中心に−
「金剛頂経」におけるHRDAYAとメタファー
雑誌メディアに於ける皇族表象−十五年戦争期「家の光」を事例に−
RGVEDAにおけるSARASVATI−RV VII 95,96を中心に−
写経 般若心経と法華経
四季
地位上昇運動とキリスト教-近代南インドのナーダール・カーストの事例をもとに-
チャラカ・サンヒターのマナス説-インド哲学諸学派との比較研究-
「往生要集」における「往生」成立の「時」をめぐって
分別と無分別−菩薩道における真実の追求−
柳田国男の祖先崇拝論−「先祖」と「家」の観念を手がかりに−
不二−〈維摩経の中心思想〉−
信仰の究極を尋ねて
新島襄の回心-その過程と本質をめぐる解釈学的考察-
仏教論理学派における意知覚(MANASAPRATYAKSA)について
宗教集団の展開と構造−回心類型と宗教年鑑データにもとづく一考察−
社会と個人−デュルケーム宗教社会学の基底−
日本におけるエリアーデ宗教学の意義と貢献
『楞伽経』の形態的成立史論−内部構造と原型への視点−
大乗経典の創作(SUTRANTABHINIRHARA,能演諸経,善説諸経)
誰が何を怖がるのか−ジャン・ドリュモーと「恐怖」の語りについて−
キルケゴールにおける「閉鎖性」の問題
『維摩経』と『智光明荘厳経』
映像(PRATIBIMBA)に関する三つの見解
『維摩経』梵本と諸訳の比較
光太郎と智恵子の自然
登楼篇
大乗経典における浄化の理論と手法−『三昧王経』所説のMAHABHIJNAPARIKARMAを中心として−
人類学者と植民地行政官−W・W・スキート『マレーの呪術』にみるアニミズム−
ANAVATAPTAGATHAの釈尊の業の残滓を説く因縁話の形成

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