インド文学としての俳句−インド文学理論で俳句評論は可能か?−
エリアーデ宗教学における人間学的側面について
クールマチャクラについて
カール・バルトの「ロマ書」(第2版)における「信仰」について
多元的信仰生活の構造−藤原実資の場合−
ジャイナ認識論のウパヨーガ説をめぐる諸問題−感官知と完全知を中心に−
近代のイスラム宗教的世界への視角-C.ギアツの所論をめぐって-
ESTASIDDHIのJIVANMUKTI論(1)
人間における悪の諸問題−カントとシェリングの所論をめぐって−
デュルケーム宗教論における行為の問題
キルケゴールにおける罪の問題
ヒンドゥ教の人類学的研究における二つの立場-「原子論」と「全体論」-|
神の恩寵と修行−カシミールシヴァ派における−
カマラシーラの離一多論証−『中観明』試訳(上)−
JYOTIMANJARIの研究 2,
宮本百合子「貧しく人々」の舞台 開成社と安積疎水
ダルマキールティにおける宗教的言語論−婆羅門教との聖典論争をめぐって−
R.オットーにおける「感情」の問題
カール・バルトの「ロマ書」(第1版)における「信仰」について
日蓮における「女人成仏」論
初期西田哲学における宗教の問題
普曜経の研究(上・中)−LALITAVISTARAにおける新古の層の区分−
ダンマパダアッタカター語義解釈よりの視点
マックス・シェーラーにおける宗教の本質現象学について
シェーラーにおける神の理念について
デュルケームにおける道徳と宗教
ディヴァムとカダヴル−古代タミル世界の「神」−
ジャイナ哲学におけるSABDA観について−原子説との関連において−
KRIYASAMGRAHAPANJIKAの潅頂論(2)−秘密潅頂−
多元的信仰の機制に関する理論的考察-マックス・シェーラーの価値論との関連において-
『業成就論』について
日蓮の宗教的自覚に関する一考察−「法華経の行者」と謗法の者−
宗教と文化−インド諸宗教における論理学の機能
シェーラーの自然的宗教について
宗教と文化−末法思想の社会的受容に関する一考察
グレンベックのキルケゴール観
宗教と文化−初期キリスト教における治癒信仰を中心に
KRIYASAMGRAHAPANJIKAの潅頂論(3)−般若智潅頂−
ジャワ島の旅−その文化と宗教−
シャンカラの宇宙論(1)−ブラフマン/主宰神にまつわるVYAVAHARA−
仏教における生命観の一側面
仏陀の永劫回帰信仰
エリアーデの「宇宙的宗教」について-その文化論的有効性の問題−
日蓮における謗法罪と救済
人間における悪の根底−カントの「道徳的宗教」をめぐって−
シェーラーにおける浄福と絶望-幸福主義の問題をめぐって-
パワンについて−マレーシアのシャマニズム−
SAHITYA-DARPANAのRASA理論-インド古典文芸論の一理論-
フォイエルバッハの「新しい哲学」について-「宗教」との連関において-
如来蔵に対するプトンとダツェパの立場-「如来蔵の麗飾」並びに同註解をめぐって-
VIDEHAMUKTI(離身解脱)について
現代宗教−タルコット・パーソンズ の宗教論をめぐって−
平安中期貴族社会における陰陽師−とくに病気をめぐる活動について−
日蓮研究に関する方法論的試論と戦後日蓮研究史−「顕密体制論」後の歴史学的・思想史学的日蓮研究を中心に−
サーンクヤ哲学における業,法・非法とヴァイシェーシカ哲学
雑譬喩経について(2)−『衆経撰雑譬喩』収載の譬喩説話をめぐって−
四国遍路と弘法大師信仰−仏海上人の場合−
玉城先生送別のことば
G・ヴァン・デル・レーウの宗教現象学における人間の問題(1,2)
仏教の空間論への視座
仏教研究の反省
初期ティリッヒの宗教哲学について-その方法論を中心に-
現代宗教研究における現象学的社会学の意義
TRANSCENDENTALPOLITICALACTION-A CASE OF OSHIRASAMA TATARI FROM THE TOHOKU REGION-
呪術と宗教−フレーザーの所論をめぐって−
ADHYASA,MITHYAINANA,AVIVEKA−無明概念あるいは無明感覚−
「怖がらせるもの」としての幽霊−三遊亭円朝作「真景累ヶ淵」をめぐって−
五相現等覚に見られる唯識思想に基づく行法について−RATNAKARASANTI著RAHAHPRADIPAの記述を中心に−
宗教研究の回顧と展望−インド学と宗教学−
AN AMBIGUOUS COMMON FAITH OF JOHN DEWEY
RBA BSHRDの一考察−MKHAS PAHI DGAH STONの引用を手がかりとして−
ラーマーヌジャの解脱道と知−KARMAYOGAとJNANAYOGAをめぐって−
日本近代仏教学史の一側面−明治の印度留学生を中心にして−
初期ペッタッツォーニの宗教史学−「サルデーニャの原始宗教」とそのコンテクスト−
信仰のメッカ、日光の年中行事
「初期」石津宗教哲学における「成立性」概念−「晩期」の実証的研究との関連において−
一遍聖の「踊り念仏」について-創唱期における2,3の問題-
蔵梵漢仏典の比較対照研究に関する私見−特に『菩薩地』功徳品をめぐって−
堀宗教民俗学と「民間信仰」
VAKYAPADIYAVRTTIに引用される詩節のヴェーダンタ説
P.バーガーの世俗化論について
時代の中の弓と宗教−阿波研造と大射道教−
BRHATSAMHITAおよびATHARVAVEDAPARISISTAに現れるGARGAについての一考察
大乗経典における浄化の理論と手法 2−『三維摩経』所説のMAHABHIJNAPARIKARMAを中心として−
プラーナーヤーマとクンダリニーヨーガ−シュリークラ派における儀礼解釈の二つの位相−
「水たち」APASと「信」SRADDHA−古代インド宗教における世界観−
中観派における論証方法−その形成と深化−
「山の寺秋葉神社どんと祭」運営組織における役員構成の変化
祭式のなかの神々−ミーマーンサー学派の立場から−
マヌと五人の息子たち
神の仇(第21回学術大会研究発表要旨)
ホメロスの霊魂観(第21回学術大会研究発表要旨)
カントの自然概念について(第21回学術大会研究発表要旨)
「補陀落」の地、日光山の美術品
フォイエルバッハの宗教論について-「キリスト教の本質」をめぐって-
初期ワッハの問題(第21回学術大会研究発表要旨)
世界の喪失と顕現(第21回学術大会研究発表要旨)
宗教研究の相対主義について−EVANS PRITCHARDの場合
インドにおける哲学の始め(第21回学術大会研究発表要旨)
宗教の力−<絆>再考−死者を記憶するということ−

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